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この「幻灯」カテゴリは、chickpea(恋戦記サーチさまより検索ください)のcicer様が書かれた、『花文若』という設定をお借りして書かせていただいているtextです。
掲載に許可をくださったcicer様、ありがとうございました。
『花文若』は、最初に落ちた場所が文若さんのところ・本は焼失・まったく同じループはない、という超々雑駁設計。
雑駁設定なのは のえる の所為です。
何をよんでもだいじょぶ! という方のみ、続きからどうぞ。
孟徳さんと花文若さん。
「文若」
呼ぶと、背がゆっくりと動きを止めた。よく手入れされた濃い色の衣に昼の日が滑っている。すり切れて艶を消した刺繍はその衣がずいぶん使い込まれていることを示しているが、みすぼらしいと思わせないのがこの娘の不思議なところだ。いつの間にかそこにいて、いつの間にか去っている風情に、その衣はよく似合うのだ。
「はい」
こちらを向いた顔がけげんそうだ。持参した簡の、説明が足りなかったかと危ぶんでいるふうである。孟徳は微笑した。
「奉孝の簡で焼いた餅はうまいか?」
文若は瞬きして、長いため息をついた。
「もうお耳に?」
「それはそれは、噂だ」
冗談めかして言うと、彼女はがっくりと肩を落とした。気を取り直したように袖を大きく払って向き直る。
「わたし、色々とおねだり申し上げたいくらいです」
孟徳は笑った。明るい執務室とその内容があまりに似合わない。孟徳へのねだりごと、とは閨でされるものだ。
「お前からのねだりごとなら聞いてやりたいが、な」
「そうですね、わたしがあのひとを連れてきたのですもの。本末転倒です」
彼女はちょっと額を手で押さえてまた孟徳を見た。子どものようにふて腐れている。…ふて腐れてみせている、のかどうかは判断がつかない。
「わたしあての詩を持ってこいなんて、命じたおぼえはございません」
「そうだな、まるでお前らしくない」
うっすら、文若は笑った。それはすぐに消えた。
「毎日毎日、一篇づつ持ってくるのです。かわいらしい詩、雄大な詩、古詩をふまえた礼儀正しい詩。決済してよそへまわすものでもありませんし、髪飾りなんかみたいに侍女に下げ渡すこともできませんから、棚に積んで置いたんです。削ってやろうかとも思ったのですけど、あのひとが要らないなら焼いてしまってくださいと殊勝げに申しました。そうすれば天の神がご照覧くださって自分へのあわれみをもって願いを聞き届けてくれるだろうからと。本当にばかにしておりますでしょう、だから焼くついでに餅をあぶりました」
「うまかったか?」
「侍女たちは喜んでおりましたよ。あれだけ浮き名を流す方の詩のけむりを浴びれば恋が成就するかもしれない、まじないだ、なんて申しておりました」
孟徳は笑った。
「恋が好きだな」
文若は眼を細めた。
「あの男が気になるだなんて、見る目があるのかないのか分かりません」
「俺のほうがましか?」
彼女は肩をそびやかした。
「どちらもどちらです」
「言うね」
「酷いようですけど、わたしにさえ関わらなければ聞き流しておりました。あのひとの評判なんて今更ですし」
孟徳は立ち上がった。裾をさばいて女の側に立つ。女はこちらを見もしない。
「このあいだ、あのひとに言いました。いままでかわいがった女の方のお名前だけで詩をお作りになったら如何、と。そうしたらあのひと、たいそう愛おしい美しい、それ以外になにもないような詩を持ってきました。」
孟徳は双方に素直に感心した。うそだろうとほんとうだろうと、そんな詩を作って来いと言われたらそんな女からは離れるだろう。彼は瞬きした。彼女の横顔がひどくいらいらしている。自分が言い寄ってもわずらわしいと払い、体をさしあげたらうるさく言わなくなりますかと嗤った女の顔ではない。
(まったく、よくかき回してくれる)
思い返して、彼は唇を歪めた。
疑いなく有能なあの男は、俺に言った。朗らかに楽しげに、あのかたはあなたの女ではありますまいと笑ったのだ。
そうだ、俺の女、ならば館に押し込める。おんなで在る以上の意味など自分には要らない。それをこそ自分は愛している。
凡俗はただ妬み羨むだけの彼女をそう言った男の悪びれなさが愉しい。
彼女が欲しいかと聞けば、あの男は首を傾げ、思案するように瞬きした。そしてまた、人好きのする笑みを浮かべた。
ええ、あなたの手垢の付いていない彼女を。
覇王の寵愛を手垢を言い捨てられて笑ってしまったことを、繰り返し思い出す。こうして思い出すと焦りさえおぼえる光景だ。
手垢の付いていない、彼女。
――自分の届かない、彼女。
ふと見下ろすと、彼女は微笑っていた。幼いとさえ思う顔には似つかわしくない、意地が悪いと取られそうな、憎々しげな色があった。
「月はどうして照るのか、あのかたにお聞きしようかしら。あのかたの詩人の魂はどういう詩を書いてくれるでしょう」
ひとりごとに、孟徳は袖に隠れたままの彼女の手を掴んだ。文若がきょとんと彼を見上げる。
(お前にとってはよい取引だったか、俺は)
「俺も詩人として名を上げているが、俺には聞かないのか?」
彼女の眼差しがさっと冷えた。
「あなたは、おんなのもとから帰る足もとを照らすためと仰っておりましたよ」
「ああ、つまらない答えをした過去の俺を殴ってやりたいね」
大仰に言うと、彼女は疲れたようにちいさく首を横に振った。
「わたしのほうこそ、申し訳ありません。つまらぬことを延々と」
「なに、俺が悪い。」
「…こんなときばかり素直におみとめになりますね」
「文若」
「はい?」
「以前、お前から女を口説くために百夜かよった男の話を聞いたな。お前も百の詩を積み上げたら靡くのか」
瞬時、ほとんど軽蔑しているような視線を文若は彼に向けた。それは斬りつけるような素早さで、見間違いかとも思えた。彼女はまた小さく息をついた。
「ご自分でお信じになっていないことを問われても困ります」
「お前なら信じさせてくれるかと思ったが」
文若は瞬きした。うっとりするような笑顔をこちらに向ける。
「二度も、言わせないでください」
孟徳は手を離した。怒りを愛でるには日も高い。そのまま礼を取って出て行く彼女の足音が消えるまで、彼はそこに立っていた。
今日はもうずっと、夜の肌ばかり考えることにしよう。孟徳は唇の端を曲げてそう思った。
(2012.11.22)
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