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二次創作。はじめての方はat first はじめに をご一読ください。
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 パラレル、ぷらんつ公瑾くんです。
 お嫌いな方はどうぞ引き返してくださいね。


 

 うとうとしていた意識に、賑やかな声が滑り込んで花は目を開けた。ゆっくりとはためくカーテンが視界を横切る。いつの間にか寝ていた。ここは本当に穏やかな時間が流れている。
 ここへ来て五日が経った。
 花が危惧していたような検査ぜめ、薬ぜめにあうこともない。午前中に、あの小柄なお医者さんの問診や検診を毎日少しづつ受け、あとは眠って過ごしていた。寝ても寝ても眠れるのだ。それはとてもおかしいことだと思うけれど、眠りは心地よかった。自分の時間がゆっくりになっていくような感覚がある。
 老人たちに囲まれたのは初日だけで、あとは、本当に同じ棟に住んでいるのだろうかと思うほど静かだ。一回、お茶の時間に話をしただけで、診察室でもすれ違わない。
 公瑾はそんな花の横で一緒に眠るか、この病院にいる観用人形と遊んでいる。
 そう、驚くことに、ここには観用人形が三体もいる。古風な、幼い頃に夢想した天女のような服装をした彼女たちはよく笑い、よく遊んでいた。初日に会った老人たちに可愛がられているのか、花にも隔てなく笑う。そんな観用人形は初めて見た。公瑾だって花にしか笑いかけない。いい匂いのする彼女たちと公瑾が花畑で遊んでいる風景は本当に優しい夢のようだった。
 花はゆっくり身を起こした。それを察したかのように、扉が開いた。影から公瑾が顔をのぞかせ、花が起きているのが分かると一目散に駆けてきてベッドに上がった。小さい手に捕まれたシーツが波を作る。
 「また遊んで貰ってたの?」
 彼の髪についた草を取ってやりながら花が笑うと、公瑾は花に抱きついたまま彼女の肩に額をすりつけた。
 「いい匂いがするね、公瑾くん。お店のいい匂いも良かったけど、ハーブの匂いも似合うよ。」
 公瑾は小首を傾げていたが、ずいと彼女に何か差し出した。
 白い花の花輪が小さい手に握られている。あちこち茎は飛び出していてお世辞にもきれいな花輪ではない。ただ、彼の手に草の汁が付いているところをみると、彼が作ったのだ。あのかわいい観用少女たちに習ったのだろうか。
 花も幼い頃、あの広大な庭で孟徳に花輪を作った。俺のお姫様、と呼んでくれる笑顔のひとに被せてあげることが素晴らしい課題のように思えた。思い返すと、執事に得意満面で自慢していた孟徳がよみがえってきてなんだか恥ずかしい。
 「わたしに?」
 公瑾がこくこく、と頷く。
 「じゃあ、被せてくれる?」
 花が言うと、公瑾は表情を改めた。何かの名誉な代表に選ばれたかのような顔つきで、花の横に立つ。ベッドの上は揺れるから、花がその身体を支えると、彼はつま先立ちになって花の頭に花輪をそうっと乗せた。かすかな重みが頭にかかる。
 公瑾は花の膝の上に戻ると、どう? と聞くかのように首を傾げた。
 「ありがとう」
 礼を言うと、彼は嬉しそうに笑った。
 ふいに、喉がひきつるように痛む。
 自分の病気が本当に大変なものだったら、この子の前から選んだ人がまた居なくなる。そうしたらまた「メンテナンス」を受けてあの店に並ぶんだろうか。また誰かを待って、ただ眠って。
 人のほうが人形よりずっとずっと寿命が短い、それは当たり前だ。なのに、この子たちは置いていくことが当たり前の相手をどうして選んで、笑いかけるんだろう。
 あの涙には、本当に天国が詰まっているのかもしれない。噛んだら、公瑾の悲しみも知れるだろうか。そうしてみれば良かった。「メンテナンス」を受けても忘れられない彼の痛みを知りたい。
 「公瑾くん」
 彼が、笑う。
 おかしいのだ、自分は。
 ほとんど食べなくても平気で、寝てばかりいて、こんな山奥の病院に送られて、でもなんだか和んで寝てしまっていて。
 自分は、病気なのに。
 「公瑾くん…」
 こんな心細い気持ちははじめてだった。


 次の日は風が強かった。うすい曇り空を、雲が飛ぶように過ぎていく。
 花は公瑾とふたりでサンルームに居た。当然のように膝の上にいる公瑾とふたりで、あやとりをする。どこかで教わったのか、公瑾は花の言う糸をきちんと小さい指で解いた。さっき加わろうとした観用少女は細い糸を自分の指に絡ませてしまうばかりだったのに、これも「名人」の教育なのかなと花は可笑しかった。
 花がやってみせたかたちを、公瑾はひとりでやってみたいのか、じっと見ている。その手に紐をかけてやろうとして、花は廊下を走る人に気づいた。メイドスタイルのハウスキーパーたちがせわしなく声を掛け合って過ぎていく。
 あのひとたちはどんなに忙しくても走ったりしないのに。花は公瑾を膝の上から下ろすと、廊下に出た。彼女のスカートの裾を握った公瑾も、廊下を見回している。
 「あの、どうかしたんですか?」
 小走りにやってきたひとりに聞くと、花とそれほど年齢が変わらないように見える三つ編みのハウスキーパーは、取り繕うように笑った。
 「あら、ごめんなさいね、騒々しくて。オーナーがいらっしゃるだけよ。どうぞ寛いでらして。」
 「オーナーですか?」
 「ええ。ここの病院の資金をすべて出資していらっしゃるの。お若いのにご立派でね…」
 そのとき、彼女を呼ぶ声が前方から聞こえた。ハウスキーパーは慌てて返事をすると、花に一礼してまた走って行った。
 「…行ってみようか」
 問うともなく言い、公瑾の手をひいて歩き出す。廊下に連なる大きな窓からは、あの老人たちも観用少女たちの手を引いて玄関に歩いていくのが見えて花は足を早めた。
 玄関の戸は大きく開け放たれ、このゲストハウスのような病院にはそぐわない、きらきら輝くスポーツカーが横付けされていた。花は車の形式などまるで分からないが、高価だということだけは分かる。そのかたわらに、花と年齢のそう違わないだろう、足の長い男子が立っていた。短い金髪が、その車に負けないくらい輝いて見える。彼は真剣な顔で小柄な医者と何か話していた。同じ年頃だと思ったばかりなのに、そんな横顔はずいぶん年上に見えた。
 「おお、若が来た」
 「久しぶりじゃのー」
 賑やかな声に顔を上げた彼は、にかっと、悪戯っ子のように笑った。
 「若は止めろって」
 彼の長い足に観用人形たちが我先に突進して抱きつく。そのうちのひとりを抱き上げた彼の笑顔はとても打ち解けていた。
 ふと、その視線が花に流れた。笑顔が一瞬で消え、さぐるような目になる。小柄なお医者さんが何か言い、彼は花から目を離さぬまま小さく頷いた。花は会釈をした。顔を上げたとき、彼はまだこちらを見ていた。信じられないと言いたげに大きく開かれた目のまま、大股で花に近寄ってくる。公瑾が花の手をきつく握ったように思ったが、自分がすがりついたのかも知れない。
 彼は花の前で立ち止まると、仁王立ちになって腕を組んだ。
 「どういうつもりだ」
 まるで虎が唸っているようだと、花は思った。

 

(続。)
(2013.3.19)

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