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この「幻灯」カテゴリは、chickpea(恋戦記サーチさまより検索ください)のcicer様が書かれた、『花公瑾』という設定をお借りして書かせていただいているtextです。
掲載に許可をくださったcicer様、ありがとうございました。
『花公瑾』は、最初に落ちた場所が公瑾さんのところ・本は焼失・まったく同じループはない、という超々雑駁設計。
雑駁設定なのは のえる の所為です
幻灯35の後日…です。
体が重い。
彼女は回廊で立ち止まると、庭を眺めているふりをして柱にもたれた。庭は緑が濃く、どこからか吹く風にいかにもさわやかな香りを零している。こんな時は甘い果物でも食べてぼうっと風ばかり眺めていたいと思い、苦笑を漏らす。ただの女子高生ならそれでいいのだけれど、この手は他人の生死さえ握るようになった。
兵の調練の実際は部下に任せてあるから、明日には視察に行こう。船の用材の件はどうなったか。新しい調練場所の造成は進んだろうか。いずれも確認しなければならないことばかりだ。
ぼうっとしていたつもりが、次々と予定を組み立てていく頭の中に呆れる。あのひともそうだったろうかと思い、目を伏せた。
あのひとは今頃、何をしているだろう。こんな迷う自分も見ているか。眠れば現れるかもしれないと願ってもあれ以来、影さえ見えない。
(ずるい)
理不尽にも、そう思う。
いままで巡った環もあのひとは見ているのかと思えば、羞恥で肌が焼けるようだ。伯符の手をかわすことさえ考えるようになった。伯符はただ眩しい光で、あのひとの前ではおそろしいくらい女にされた。それを、恥じる。
どうあっても忍び寄ってきた己というものがなければ、あなたに還すことすら忘れてしまうものを。
どうにかしてすがりついてくる己というものがあれば、あなたのかわりもできるものを。
忘れてしまえば楽だと―――
目を閉じかけ、足音に気づいた。背を伸ばす。向き直るより先に、公瑾、と呼ばれた。振り向くと伯符が立っていた。息を切らしている。
「我が君」
伯符は前髪を掻き上げると、きつい目で彼女を見た。
「お前が言い出したのか」
彼女は袖を大きく払った。
「何のことでしょう」
彼はただ黙って、こちらを見ている。罪人を見るようだ。まあある意味、罪人には違いない。あなたを、彼らを、わたしはたばかっているのだから。でも、いまこんな目で見られる理由は思い当たらない。彼女はゆるりと微笑んだ。
「いかがなさいました」
伯符は横を向いて、大きく息をついた。
「そうだな、お前らしくない」
「伯符、ご説明ください」
彼は横を向いたまま、目を眇めた。
「言いたくない」
「仲謀さまのような態度ですね」
「あいつと一緒にするな」
「同じです。」
かるい足音が後ろから近づいてくる。はっと視線を巡らして相手を見て取った伯符が、いまにも逃げ出しそうな表情になった。彼女は振り返った。
「伯符さま」
「伯符さま」
視界が揺れる。足下が崩れていくのではないかと思う。
よく似た顔の美女がふたり、こちらを見て立っている。足を鳴らして伯符が一歩前に出た。
「だから、さっさと帰れ」
ふたりの娘は顔を見合わせて笑った。美女とだけ言うには生気あふれる表情だった。
「お怒りになった」
「お怒りになったわ」
「お前ら!」
どことなくおっとりとした目元の娘が、伯符をまるで気にしたふうでなく、花にくるりと向きなおると深く膝を折った。
「周都督とお見受けいたします」
そのかたわらにいた、少し目尻の上がった、きかぬ気を思わせる娘のほうが、あわててそれに習った。
「初めてお目にかかります。橋公が娘、大喬と呼ばれております」
「小喬です」
大喬は顔を上げて微笑んだ。
「いつも、お姿は拝見しておりました。りりしいお姿」
「あこがれていました」
率直な物言いが目を眩ませる。
女の口元はどうだ? 意地悪そうな笑みを浮かべてはいないか。目に哀れみはないか。その頬は引きつっていないか。花の身にまとうものが美しい絹でなく肌にざらつく布地と鎧であるのをあざけってはいないか。女は、女が嫌いなものだ。
しかしどれだけ見つめても、そこには何の影も無い。あるのは、子どものような興味と興奮だ。
なぜ、彼女たちが?
今までの環に欠片さえ現れたことのない彼女たちがいま、美しく成長した姿で現れる?
これも、あなたの手ですか。外套のしたで、ひっそりと笑う。わたしは、伯符とおんなにならなくても良いとあなたは言うのだ。伯符の夢の杖に徹しろと言うのだ。
花は、ゆっくり拱手した。
「こちらこそ、美しい方々のお噂はかねて聞き及んでおります。」
大喬が、大きな目をくるりと動かした。
「都督は女の方でいらっしゃるのに、そんなことに興味がおありなの?」
「だからこそ、です。」
「都督こそ、おきれいだわ。どうして噂にならないのかしら」
「あなた方のようなきれいな方に言っていただけると嬉しくなりますね」
花は微笑んだ。
「わたしたち、お会いできるのを本当に楽しみにしていましたの」
小喬が腕に腕を絡ませた。そうして、伯符を振り返る。
「伯符さまのことなんて、二の次!」
「そんな言い方は失礼だわ。せめてそのうち、と仰いな」
伯符が不機嫌そうに目を眇めた。花は当分にふたりを見て微笑んだ。
「ではご一緒に茶などいかがですか?」
「まあ、都督とお茶?」
「嬉しい、自慢して回るわ」
ふたりが花の左右から引きずるように腕を取った。歩き出して、振り返る。
「気になるなら伯符さまも、どうぞ」
行かねえ、と言われるかと思ったが不機嫌な表情のまま彼はついてくる。美女たちは左右からかしましい。あの伯符を自然に無視できるのはまったくこのふたりくらいだろうか。仲謀のまわりで風のように花のように過ごしていた姿がふいに過ぎった。
ああ、このひとたちを幸せにできたら。環を破ったわたしはかみしめるように願う。
遠くからこの場所を見たら、自分の場所だけきっと映像がぶれているのだろうと思った。
(2013.3.7)
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