孟徳先生にはいろんなうわさがある。
　実はすごいお金持ちだとか、高級車に毎週末違う美女を乗せているとか、豪邸に住んでいるとか。クラスにひとりくらいはそれを見たという生徒がいる。
　けれど、ただひとりの女子生徒が差し出すチョコしか貰わない。
　そして、
　「ありがとう」
と、まるで自分が世界でただひとりの、そのひとのためだけにあつらえた女の子であるかのように笑ってくれる。

※※※

　文若先生にはいろんなうわさがある。
　前世が石のお地蔵さんだとか、家では必ず和服を着ているとか、すごいケチだとか。
　誰もそれを面と向かって確かめられはしないけれど、うわさを上乗せしたくなるような雰囲気がいつも漂っている。
　それでもひとりの女子生徒が差し出すチョコは、
　「今日はそういう日だからな」
と自分に念を押しつつ受け取り、ホワイトディに欲しいものをもれなく聞いてくれる。

※※※

　公瑾先生にはいろんなうわさがある。
　実は夜な夜なマントを翻して美女を求めてさまよっているとか、家で改造人間を作っているとか、実は男のほうが好きだとか。
　面と向かったときには誰もそんなこと思い出しもしないけれど、思い出すと信憑性がありすぎるような気がしてみんななんとなく半笑いになる。
　チョコもあふれるように貰う。
　でも、お返しにデートに誘ってくれるのはひとりだけだ。
　その子だけが、うわさの真相を知っている。

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　玄徳先生は、聞けばたいがい教えてくれる。だから、生徒たちはいろんなことを知っている。
　お母さんを大事にしているとか、編み物がアーティストの域に達しているとか、びっくりするくらい古い機種のケータイを未だに使っているとか。
　だから、そういう日にはチ○ルチョコを山ほどもらう。
　でもその日、残業を決してしない先生の家で誰が待っているかは、誰も知らない。

※※※

　元譲先生は、あまり生徒から話しかけられない。でも、甘いものが得意ではないということは知られている。
　それでもとびきりかわいいラッピングのチョコを毎年いくつも貰って渋面を作っている。
　そして、ラッピングのリボンを処分すべきかどうかで毎年悩んでいる。

※※※

　翼徳先生が、飼っている大型犬を大事にしていることはよく知られている。本人も大型犬みたいだと、口の悪い生徒には噂されている。
　だからその日は、犬のえさのついでだよ！と言われて、たくさんのお菓子を貰う。でも怒ったりはしない。生徒たちのくれるものはなんでもおいしいと公言している。
　でも、大事な女子生徒がいるということだけは、先生の大切な秘密だ。

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　孔明先生は変人という噂だ。
　ヒット商品の特許をいくつももっているので本当は働かなくていいのだとか、たまに同じ顔のロボットが仕事をしているけど気づかれていないのだとか。勇気を出して真相を確かめようとした生徒に、キミはどう思うとたいへん怖い笑顔で聞き返したという噂すらある。
　そんな先生の眼差しが、とある女子生徒を見つめる時だけ優しくなるという噂はまだ、確かめた者がいない。

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　仲謀が貰うのはチョコだけではない。
　手編みのセーターやマフラーやお手製のクッキーやケーキ、そういうものをあげようとする女子生徒があまりに多いので、もう物品を貰ってくるなと彼の兄から釘を刺されたらしいといううわさがある。
　だからその日、彼はラブレターまみれになる。
　それでも、ただひとりの女子生徒が、大量のラブレターに拗ねながら持ってくるチョコを貰うまでは落ち着かない。

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　広生は料理がうまい。しかもすごくおいしい。
　だから、その日のためにクラスメイトからチョコをリクエストされて、
　「チョコをあげるやつは決まっているから、それ以外でいいなら作ってくる」
と言った。
　その日からしばらく、広生に菓子をねだる者はいなくなったという。

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　早安は、たいがい何か貰っている。
　チョコの最後のひと欠片とか、ビスケットの小袋とか、ちいさい黒糖饅頭ひとつとか。無愛想でぶっきら棒でも、なにかあげたくなるのだとクラスメイトは言う。
　彼は拒まない。
　でもその日だけは、彼から好きな相手に菓子をあげる日と決めているので、誰からもなにも貰わないのは、有名な話だ。

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　子龍は毎年困っていた。
　その日が近づくにつれ高揚してくる教室の雰囲気が苦手だった。
　しかし去年、その仲間入りをし、この雰囲気も結構いいものだなと思った。
　だからつきあっている子と一緒にチョコを選びに行くのを楽しみにしていると、彼の先輩が聞いたという話だ。

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　そんな学園では毎年いちばん多くチョコをもらうのは、麗人と名高い芙蓉だ。
　その彼女が今年はどうも誰かにあげるらしいというので、男子はおよそ落ち着かないでいる。

（２０１３．２．１３）

[61回]