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この「幻灯」カテゴリは、chickpea(恋戦記サーチさまより検索ください)のcicer様が書かれた、『花公瑾』という設定をお借りして書かせていただいているtextです。
掲載に許可をくださったcicer様、ありがとうございました。
『花公瑾』は、最初に落ちた場所が公瑾さんのところ・本は焼失・まったく同じループはない、という超々雑駁設計。
雑駁設定なのは のえる の所為です
何をよんでもだいじょぶ! という方のみ、続きからどうぞ。
pspすぺしゃる公瑾さん√に登場の「あの子」が主人公です。
早足で歩く後ろ姿を見つけ、とても嬉しくなる。すっと伸びた後ろ姿は、それほど背が大きくないのにいつもすらりとしている。あのうす青の衣を見ると、そのひとではないのに振り向いてしまうのだ。
父上の手を振り切ってかけ出すとすぐに、そのひとは少し厳しい表情で振り向いた。
「おば上!」
呼ぶと、まあ、と唇が動いて微笑んだそのひとは、腰をかがめて僕を抱き留めてくれた。おば上はいつもいい匂いがして気持ちがいい。母上とは違う柔らかい胸がぼくは好きだ。
「いらっしゃい、公陵さん」
おば上の手がぼくの髪を撫でる。
これは内緒だけれど、おば上は母上よりきれいだといつも思う。お化粧をして新しいきらきらした衣が大好きな母上よりきれいだなんて自分でも不思議だけれど、おば上はいつも眩しい。
「お前のところへ連れて行けとせがまれてな」
父上が困ったふりで言った。都に近い湊がきれいになったから見に行かないかなんて、僕に謎を掛けたのは父上のくせに。父上はきっと、母上でない女の人に会いたいだけなのだ。隠れて手紙を読んでいたのだって知っている。父上の秘密の隠し場所は僕より下手くそだ。でも僕はそれを母上にも父上にも言わない。
おば上は僕の手を握って立ち上がった。おば上の手は確かに母上より堅いけど、あったかい。
「いつまでご滞在ですか?」
「買い物もあるし、五日ほど世話になりたいのだが構わないか?」
おば上は僕を見て笑った。
「まあ、五日も!」
小さく手を打ち合わすおば上は、ほんとうに嬉しそうだ。
「もちろんです。邸には使いを出しておきますから、どうぞご自分のお邸と思ってお寛ぎください。」
「助かるよ」
父上は本当に安心した様子だった。父上がここへ来るのは、そのおつとめから当たり前のことだけど、母上は来たがらない。人が多いところは嫌だと言う。でも本当は、おば上に会いたくないからだ。母上はおば上が嫌いなのだ。…母上が好きな女の人なんているんだろうか? お客様が帰ったあとには身なりから物腰まで批評して、父上のことだっていつも怒ってばかりいる。
父上が僕の頭を撫でて、邪魔にならないようにと言って去って行く。おば上の邪魔なんか絶対しないのに、父上は分かっていない。
「さあ、公陵さん。五日もありますよ、何をしましょうか」
おば上が楽しそうに言う。僕はその手を強く握る。
「おば上と船に乗りたいです。あと、おば上と孫子を読みたいです。囲碁もしたいです!」
おば上は外套を口元にあてて微笑んだ。
「公陵さんは欲がないのですね」
途端に僕は、どうしようもなくどきどきする。おば上は僕の前にかがみ込んで僕の頬を撫でた。
「わたしは公陵さんと一緒にお昼寝もしたいし、琵琶も弾きたいし、馬で遠乗りもしたいのですけれど…どうしましょう」
頬に指を当てて考え込むおば上は、子どもみたいだ。僕は笑った。
「じゃあ、叔母上のしたいこと何でも!」
「まあ、何でも?」
「はい」
途端に、いい匂いのする外套に僕はくるまれた。
「公陵さんは本当に欲がありませんね。いいですよ」
おば上はわたしを離してまた立ち上がった。…寒い。
「ではまず、伯符様にご挨拶しましょう。以前にもお目にかかりましたでしょう、伯符様もあなたのお話をされることがありますよ」
おば上は、わたしと手をつないだまま歩き出した。いつもは、ひとりで歩く。子ども扱いは嫌いだ。でもおば上に手を引かれるのは嫌じゃない。だってこの手は、僕たちを守っている。女だてらに、と母上がいつも眉をひそめる武芸で周の家どころか僕たちを守っているのだ。
そのとき母上の顔が浮かんで、僕は唇をかんだ。
母上はよく、あの方はいつ婚儀をあげるのかしらと唇を曲げるようにして言う。まあ我が君のお気に入りですもの、嫁ぎ先にはお困りでしょうねと言っては、父上にたしなめられる。
母上はなぜ、おば上に嫁いで欲しいのだろう。おば上が嫁いでしまったら、母上のように家にいるだけで、こんな風に宮で会うこともなくなるかもしれないのに。母上に会うお客様が父上を通さないといけないように、僕もおば上の夫君にいちいちお会いしないとお会いできなくなるかもしれないのに。…つまらない。
立ち止まってしまった僕を、おば上は不思議そうに見た。
「どうしました?」
「…おば上は」
「はい」
「おば上は、お嫁に行かれるのですか」
おば上は、ゆっくり瞬きしたあと、外套を口元にあて長々とため息をついた。
「わたしは武芸しかたしなんでおりませんから、嫁のもらい手などありません。夫となる方の足手まといですわ」
おば上が、誰かの、足手まとい?
「そんなことありません!」
「なにがですか?」
「足手まといなんて、そんなことはないです。おば上がそんなことになるなんてありえないです!」
僕は口元を押さえた。大声を出すなんて、と眉をしかめる母上の顔が浮かんだからだ。おそるおそるおば上を見ると、おば上はとても遠くを見ているような表情をしていた。それからゆっくり僕の前にかがんで抱きしめてくれた。
「おば上?」
「公陵さん」
耳元を息がくすぐる。低い低い、ささやくような声。動けなくなる。
「ありがとう」
おば上はすっと離れた。見上げたおば上は、もういつもの柔らかい笑顔になっていた。
「行きましょう」
明るい日差しに、おば上の囁きはもうどこにも残っていなかった。
(2013.2.12)
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