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二次創作。はじめての方はat first はじめに をご一読ください。
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 cicerさま宅「chickpea」(恋戦記サーチから検索ください)にてパラレル祭り「花想夢宵」が開催されるのに併せて。拙作もお預かり頂いております。cicerさま、ありがとうございます!
 
 久しぶりのこの話。本当にパラレルですので、お嫌いな方はご遠慮ください。
 


 
 花の軽い足音に、文若は我に返って立ち上がった。ちょうと、花が菜箸を片手にのれんを分けて顔を出した。
 「お義兄ちゃん、孟徳さんも来るって、いま電話があったよ」
 文若は顔をしかめた。
 「締め切りがふたつある、と言っていたが」
 「特急で片付けたって。ビール追加したほうがいいかな?」
 「足りなくなったら当人に買いに行かせよう」
 花はくすくす笑って頷くと身を返した。
 この界隈の花火大会は、花が小さかったころからこの家の屋上で見物していた。それがひとり増えふたり増え、気づけば家族でないものばかりになった。文若はもういちど位牌に目を遣ってから、台所に出た。
 花が料理を皿に盛りつけている。芙蓉が洗い物に専念しているところをみると、あらかた終わったのだろう。
 「終わったー!」
 花が両手をあげた。
 「じゃあ、花から着替えてきてよ。あたしももうちょっとで終わるから」
 「うん、じゃあ先に! あ、お義兄ちゃん、玄徳先生、駅についたって。すごい人混みだけどもうちょっとで来るって言ってた。来たらビールを運び上げてもらっていい?」
 「ああ」
 「ありがとー」
 慌ただしくエプロンを外し、花が階段を駆け上がる。いつもこの日は浴衣で迎えるのだ。花の足音が聞こえなくなると、芙蓉が水道の蛇口を締めて、こちらも両手をあげた。
 「終わった! じゃあ着替えてきます!」
 「ああ、いつもありがとう」
 「いいえ。料理はわたしのすごい楽しみなので。ぜったい、ケータリングとか言わないでくださいね!」
 笑顔で念押しされ、文若は微苦笑して頷いた。毎年、彼女たちにかかる負担を考えてその案を出してみるのだが、一蹴される。二人も、この日のためのレシピ選びが楽しげなことが幸いだった。彼女たちが作るようになってからテーマが決められ、去年は中華風だったが今年はインド風らしい。食欲をそそる香りに彼は笑みを浮かべた。
 
 
 「ああ、花火大会ってどうして暑い時期にやるんだろうねえ」
 銀ねずの甚平を着た孔明が長椅子に寝そべったままぼんやりと言う。彼のところに缶ビールを持って来た花は笑った。
 「そう言いながら師匠は毎年、うちに来るじゃないですか。冷房がないとか言いながら」
 「弟子の才能を確認する貴重な機会だから」
 スパイスを利かせた焼き鳥をひとくち食べながら、孔明は満足げに頷いた。
 「美味しいけど、辛い」
 「よかった。孟徳さんにも好評だったんですよ」
 孔明は目を眇め、屋上のフェンスにもたれて玄徳と何か話している孟徳を見た。
 「彼は、花の作ったものならなんでも美味いって言うんじゃない?」
 「そんなことないです。美味しいって言ってはくれるけど、なんというか、ちょっと好みに合わないときは表情がちょっとぼんやりしたカンジになるんです。美味しかったときは、きらきらーーって見えます」
 「…君もよく観察してるねえ」
 「お客様ですから」
 「ところで、いつも来る金髪のお兄ちゃんと笑顔が固まったみたいなお付きは?」
 「またそういうこと言う…仲謀くんは、海外に行ってたお兄さんが今日、帰ってくるから来られないって言ってました。」
 へえ、と言いながら孔明はビールをあおった。
 花ちゃーん、と甘えた呼び声がして、孟徳が手を振っている。花が、すみません、と立ち上がってそちらへ歩いて行った。白地に紺で扇面が散った絞りの浴衣が、夜に浮き上がって見える。
 久しぶりにあんなきれいな色を見たな、と孔明は思った。文若と何か話している芙蓉は、黒に紫の牡丹が散った今風の柄だ。ああいう柄は確かに花には似合わない。柔らかく居ながらすっきりと芯があるのだ…孔明は空になった缶を額に押しつけて目を閉じた。花火の音が体の奥に響いた。
 
 
 「今年は大玉が多いらしいよ」
 だらしなくフェンスにもたれかかった孟徳は、もう酔いが回った上機嫌でにこにことしていた。
 「寄付が多かったって聞きました。」
 「ここに来ると花火鑑賞だけでなく美味いメシにもありつけるから、ありがたい」
 「浴衣の女子を褒める甲斐性くらいないのか?」
 孟徳が揶揄するように言うと、玄徳は花に微笑んだ。
 「そうだな、今日くらいは生徒のそういうところを褒めてもいいか」
 「い、いえ、いいです」
 「そうか?」
 冗談でなく残念そうな玄徳に、花の頬が熱くなる。
 「褒められてもいないのに紅くなるの? 花ちゃんはかわいいなー」
 背後からのしかかられ短い悲鳴を上げる。
 「お、お酒くさいです孟徳さん!」
 「こんなの、呑んでるうちに入らないよー」
 「というか暑いから離れてくださいっ」
 「呑んでるからかなー」
 「もう、めちゃくちゃなんですから! 芙蓉にはたかれますよ」
 「…ああ、そうそう」
 孟徳の息が耳に掛かり、また躰が熱くなる。
 「芙蓉ちゃんが好きなのって、文若じゃないの?」
 花は目を丸くした。そして芙蓉と文若を盗み見た。
 「へ?」
 「違うだろう」
 玄徳が呆れたように言い、缶ビールをあおる。
 「理想、ではあるかもしれないが」
 「はいはい、優等生な答えをありがとう。」
 ようやく解けた腕に、花は唇を尖らせて孟徳を見上げた。
 「変なこと言わないでください!」
 「うん、ごめんごめん。」
 笑顔はへらへらしていたが、すんなり謝罪した孟徳に、花は肩の力を抜いた。
 「おお、連発が始まったな」
 玄徳が嬉しそうに言い、花も空を見た。色とりどりの花火が、複雑な形に舞っては、散る。子どもの頃より、格段に種類が増えたかたちが楽しい。それでも一番好きなのは、大きな柳のように散る花火だ。最後に輝く先端がとくにきれいで、欠片を掴みたいと本気で思っていた。
 「…今年もみんなで見られて、嬉しいです」
 ぽつりと言った花を、孟徳と玄徳は、とてもよく似た柔らかい――しかし真剣な安堵を混ぜた笑みを浮かべて見やった。
 「俺のところにお嫁さんに来たらずっと見られるよ? 玄徳は混ぜてやらないけどね」
 「結構だ。…ああそうだ、休み明けに試験があるんだろう? それ用の課題を持って来たから」
 「うわ、こんな時に勉強の話? 空気読めないねー」
 「あ、あの、お願いしたのはわたしですから!」
 「こんなヤツに家庭教師頼まなくても、俺が見てあげるのにさ」
 「それはお義兄ちゃんが、ちょっと…」
 「誰が許すか」
 むっつりと背後から聞こえた声に、孟徳はちろりと舌を出した。
 「それに、なにやら不穏な発言が聞こえましたわよ、センセイ?」
 輝くばかりの笑顔の芙蓉にも堪えた様子はなく、孟徳は笑ってカラになった缶を芙蓉に掲げた。
 「おかわり欲しいなー」
 「ご自分でどうぞ」
 「わたし、持って来ます」
 「花、男は甘やかしちゃだめ!」
 「勇ましいなー」
 「…実体験か?」
 「玄徳が失礼なこと言ってるー」
 「先生!」
 「あ、ああ、すまない」
 花は身を返した。こちらを見ている孔明と目が合う。猫のように眼を細めて笑う彼に、花も笑い返した。
 …他愛なく居るのを許してくれるのも、自分がこの年齢だからだけど。
 毎年毎年、覚えていようと思っても忘れる花火の形のように、この会話も消える。でも、写真が欲しいわけじゃない。この空気が残ればいい。それは、何でもないときにふいと甦る。それは義兄が、自分と話している時やふたりでテレビを見ている時、何かはっとしたような目で自分を見ることと同じなのだろう。
 文若がグラスを持った手の形、眼を細めた孟徳と笑っている玄徳の視線の先、言い募っている芙蓉の口元、うたたねしているような孔明の指先に見える、何か。
 それで、じゅうぶんだ。
 花はすっかり温くなった水から缶ビールを取り上げると、丁寧に拭きながら花火に眼を細めた。
 
 
(続。)
(2011.7.1)

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