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申し上げるまでもなく、作中の出来事はfantasyです。
ナンバーはついていますが、続き物ではありません。
昨夜、吹雪いていた雪はとりあえず止んだようだ。彼方にぽかりと青空が見える。
孟徳は腕を組んで城壁の上から王城を見据えた。ここでは珍しい雪に、頭からすっぽりと布を被った人々が足早に行き交っている。普段はこれの五倍も人出がある大通りは閑散としていた。
孟徳はうすく笑った。『白狼将軍』らしく、狙ったような日に死ぬものだ。俺だったらこんな日に死ぬなんて恥ずかしくてできそうにない。先代の大将軍の息子、陽も恥じて顔を隠すと詠われた容姿、先帝から下賜された白狼の毛皮を常に身に纏い、兵卒上がりの己とは何もかも正反対の逸話で満たされていた男。しかし将としての能力は非常に高く、東の戦線を守り、孟徳とともに国の双璧と呼ばれていた。
「ここにいたのか」
低い声に振り向くと、隻眼の将軍が立っていた。彼とは一兵卒の頃からのつきあいだ。この一年ばかり、彼は孟徳から離されて中央に居る。
「元譲か」
「白狼が死んだな」
「ああ。一年前くらいから体を悪くしていた。」
「先の大将軍が死んだのもこんな冬だった」
「よく覚えてるなあ」
急に風が強くなって、孟徳は外套の裾を押さえた。
「これから葬儀に行かなきゃならん。見ろ、この地味な服」
「そうか」
「西の戦線を放り出して来させるくらいだ。相応の戦果は持って帰らないと」
元譲が深い息をついた。
「戦果などと言うな。誰が聞いているか分からん」
「お前しか居ないさ。」
「だがな」
「元譲。俺はこれからしばらくの間、沈痛な表情を作らなきゃならない。だから今くらいは付き合え」
また彼は呆れたようなため息をついた。
白い欠片は孟徳の肩に元譲の白髪に積もっていく。
「確か、白狼には妻がいた」
元譲の呟きに、孟徳は眼を細めた。
「そうだっけ?」
「噂になったろう、大将軍が最後の戦で捕らえてきた異国の姫だ」
孟徳は目を眇めた。北の小国が春を迎える夜、憩う鳥を撃ち落とすように陥落させた血に染まった手で、父は息子にその姫を「呉れて遣った」のだ。本人が笑って言ったのだから間違いない。そういったことは王の裁可を待たねばならぬものを、荒々しい老人に怯えるばかりの幼い王とその取り巻きは何の罰も下さなかった。孟徳は肩を揺すって雪を払い落とした。
「つまらないことを思い出させるなあ」
「可憐な姫だそうだ」
「可憐でしおらしくない亡国の姫なんぞ噂にもならないからな、まあ妥当だろう」
「王が目をつけているそうだ」
孟徳は鼻を鳴らした。
「お前はどこでそんな噂を仕入れてくるんだ? そのむさくるしい顔で女官でも口説いたか」
「お前の顔が好きな女ばかりでもあるまい」
「へええ、言ったね」
「俺が案じているのはな、そういう女にお前が弱いことだ」
むっつりと言い切られて孟徳は肩を揺すった。今度は雪は落ちなかった。元譲はあさってのほうを見ている。孟徳はひとつ息をついた。
「刻限だ。」
「後で会おう」
元譲は黙然と頷いただけで追ってはこなかった。雪で滑りやすい階段を下りて行くと、歩哨が彼を見て飛び上がるように礼を取った。
王が望むとなれば、その女は召し上げられるだろう。もともと、そうなるのが当たり前の立場だ。――だが、使える。臣下の死をよいことにその妻を召し上げる王。如何様にも味付けできる話だ。孟徳は足を止め空を仰いだ。
(白狼)
残した妻はどんな女だろう。お前は切れすぎて嫌いだったけれど、お前の妻には興味が持てそうだ。面白そうな者を残してくれたことに礼を言う。
沓の下で、水っぽい雪がつぶれる。
孟徳は顔を撫でた。悲しみを作っておかなければならないことに苦労しそうだった。
(2012.2.1)
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