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二次創作。はじめての方はat first はじめに をご一読ください。
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 時代も年齢もばらばらな、「彼ら」と「彼女」のパラレルの欠片です。
 申し上げるまでもなく、作中の出来事はfantasyです。
 ナンバーはついていますが、続き物ではありません。

 

 風鈴が物憂く鳴って、亮は目を開けた。初夏だというのにもう暑い。それにかまけてだらだら寝をしていたのだが、起きなければならないようだ。道の突き当たりにあるこの家に、軽い下駄の音が向かってくる。
 亮が欠伸をしながら起き上がった時、階下の格子戸がからりと開いた。いるかい、と柔らかい声がした。
 「いますよ」
 のんびりと返事をすると、軽い足音が階段を登ってきた。ひょこりと顔を出した青年は、丸眼鏡の奥の小さな目を瞬かせて笑ってみせた。
 「伯父さんは留守かい」
 「ええ、相変わらず」
 「そうか。先生のところで月見でもするかということになって呼びに来たんだけど」
 亮は笑った。
 「初夏に月見ですか?」
 「まあ、いつもの酒盛りさ」
 「じゃあ酒は抜きで僕が行ってもいいですか? 暇で暇で」
 青年は可笑しそうに笑った。
 「亮君はそう言ってたいがい来るね。先生も君が来るのを楽しみにしている節がある」
 「まさか。僕は小説なんて書くつもりもないし、大概適当な相づちを打ってるだけです」
 「それがいいんじゃないか。僕たちはどうも面倒な議論をするから」
 神経質そうに眼鏡を直した青年の背を押して、亮は家を出た。
 開けた空には、入道雲の子どものようなもくもくとした雲が群れている。
 「ああ、やっぱり暑いや」
 うんざりと言う彼を、青年は老人のようだと笑った。
 「亮君くらいの年齢だと、そのへんで遊んでいるものじゃないのかい?」
 「それもみんな伯父のせいですよ。あんなふうにきちきち生きているのを見ると、どうものんびりしたくなるんです」
 「亮君はそういうところが気に入られているんだ」
 昼下がりの路地には、猫が日影で寝ていた。どこかからか、三味線の音がする。乱れ咲く立葵の群れがかえって現実感を無くし、ゆるやかにうねった崖上の路地は絵のように思える。
 「ああ、僕はこの路地がほんとうに好きだねえ」
 青年が感に堪えたように呟いた。亮は笑った。
 「越してきてくださいよ、伯父も喜びますよ。先生の作品が好きですから」
 「そうかい?」
 「ええ。…ああ、そうだ。伯父があなたに差し上げたいものがあると言ってました」
 「置物の兎かな」
 「きっと。先生がこのあいだお持ちになった水晶の兎を、ずいぶん気に入っていたようですし。負けないつもりなんじゃないですか」
 「それは困るな、僕の兎は金額的価値がどうというものじゃないよ」
 「違いますよ。先生の書くお話にほんとうに合っているからでしょう」
 女学生が、崖下からの石段を上がってきた。勢いを付けて登ってきたのか、登り切って嬉しそうに綻んだ顔がふたりを見て慌てたようで、片手で振り回していた本を胸元に抱え直し、澄ました表情になった。額髪に汗が滲んでいて、すれ違う時に何ともいえない甘い匂いがした。ふたりはそのまま立ち止まって、今度はゆっくり歩いて行く女学生の背を何となく見送った。
 「今の学生さんが持っていたのはだれの本でしょうね」
 「さあねえ。漢籍かもしれないよ。ずいぶん丈夫そうな装丁だったし、あんなにきれいな青の布を貼っていたからね」
 「分かりませんよ、ストレイシープと謎を掛けてくれるかもしれません」
 青年はさも可笑しそうに喉の奥で笑った。
 「そうは見えなかったがね」
 亮も笑った。
 「こんなことを言うと色んなひとに怒られそうですけど、そんな謎かけをしてくる娘さんは苦手だなあ。僕はどちらかといえば、先生の書かれる小説に出て来る女の人が好きです。お香の煙みたいですもの」
 「それは褒めてくれているんだろうね」
 青年が大人の顔で苦笑した。亮は立ち止まって彼を見上げた。
 「もちろんです。夢を見るなら先生の書く女の人がいいです」
 「ああ、それを今晩、みんなの前で言ってくれよ」
 たいがい冗談だというように、青年は笑った。亮も笑み返してまた歩き出した。
 このひとの書くものが好きだというのは本当だ。どんな境遇の女も、情緒でできているようにかぐわしくて、朝顔の花弁のようにひんやりしている。
 けれど自分は、さっきすれ違った子のほうに惹かれる。あの本について問いかけたら、ちょっと困ったように笑って、それでも煙に巻くことなく話をしてくれるだろう。亮は、大きなリボンの下に一房跳ねていた薄茶の髪を思い出して振り返って見た。路地には明るい影が差しているだけだったが、その明るさがいかにもあの娘の生き生きした驚きの表情と重なってみえて、彼はひとり、微笑んだ。こういうことを考えるから子どもらしくないと言われるのだ。彼は頭の後ろで手を組んで、ゆったりと青年のあとをついていった。



(2012.2.1)

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