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現代の、文若さんと花ちゃんです。
ベンチに座ると、息をつく。月曜日のことで職場は全体的に殺伐としていたから、少しばかり肌寒くても外の空気が有難い。もうすぐ、こんな風に外で昼食をする季節でもなくなるから、そう思うと余計に日差しが暖かく感じる。同じ考えの人間が多いのか、ビルのあいだのささやかな公園に設置されたベンチには三々五々、人が座って昼食を食べていた。
公園に紅葉するような木は植えられていない。それでも、常緑樹は盛夏よりは緑がくすんだように見える。が、かえってそのほうが落ち着いていい。まったく、ここ最近の夏の暑さときたら殺人的だ。
今頃、花はクラスメイトと弁当でも食べているのだろうなと思う。文化祭でしか知らない彼女の教室は、ふだんはどんな雰囲気なのだろう。いちど彼女の弁当を食べたことがあるが、自分に食べさせるという気合のせいか、ずいぶんと作りなれない味がしたのを覚えている。それでも、いまそれを差し出されたら喜んで食べるだろう。
ぼんやり、そんなことを考えていたら、かなり力を込めて背中をこづかれた。前にのめりそうになる。
「なんだ、月曜から疲れてるな」
振り返ってみれば、孟徳の明るい――文若にしてみればにやけた――笑顔がそこにあった。
「…なんだ」
「なんだってなんだよ。昼だろ」
「それは、そうだが」
孟徳は文若の手元を覗き込み、何も持っていないのを確認すると片眉を上げた。
「まだ昼飯を確保してないのか」
「食欲がない」
応答が面倒になり適当に言った彼に、孟徳は肩をすくめた。
「じゃあ一緒に来いよ。このあいだから東側の通りに来てるバーガースタンドの女の子が可愛いんだ。」
可愛いだの何だの、セクハラと取られかねない言動も彼が言うと不思議に許せるというのは女子たちの声だ。その境界がどこにあるのか、文若には分からない。
ハンバーガーというのは味が濃すぎるし、分量に比して値段が高いと思う。だが、何となく引きずられていったその店は、店員が可愛いかどうかは別としてまあまあの味だった。何より、コーヒーがうまい。
しかし、隣で黙々と食べている孟徳は、なぜ自分と一緒の昼飯を取ろうなどと思ったのか。
「彼女、元気?」
にこやかなその声に、またこれかと思う。花の許可が出たので、彼女は恋人であると孟徳に告げた。それ以来、ことあるごとにこの男は彼女のことを聞いてくる。
「ああ」
「彼女、そろそろ受験に本腰を入れる頃だろ」
文若はことさらに目を細くして彼を見た。威圧的だと噂されるその視線に、孟徳は堪えた様子もない。
「勉強、見てやったりしてるのか?」
「わたしの勉強方法などひけらかしても仕方がない」
「お前が言うと嫌味っぽいな。で、志望校は?」
「…知らん」
孟徳は一瞬、文若を睨むように見たが、すぐにへらりとした笑顔に戻った。
「へえ」
軽やかに彼は言った。彼には嘘は通じない。何故だか見抜かれるから、本当のことを言った。文若には便利とも思えないそのスキルを、彼は乗りこなしているように見える。
彼女から、憧れの大学や職業を聞いたことはある。ただそれはとても漠然としたもので、一人暮らししてみたいなあ、というそんな雰囲気でしかなかった。彼女の両親も、やりたいことがあるなら遠くても目的に合った大学に行けばいいというスタンスで、是が非でも親許で、というふうでもないらしい。
文若はひと息ついた。
「はっきりしてはいない」
「はっきり聞けてない、の間違いだろう」
「いや、はっきりしてはいない。ただ、この土地を彼女が離れる、というのは確定事項だと思っている」
呟いて孟徳を見ると、なぜか今度は彼が目を細めていた。文若は背を伸ばし、咳払いをした。
「そうだ、強がりだ。悪いか」
「いやいや」
彼は手を叩いてパンくずを払った。その音が意外に響き、近くで食事をしていた女性たちが驚いたようにこちらを見たが、また食事に戻る。
「大人だからな」
文若は苦笑した。その大人が、恋人の進路ひとつ確かめることができない。孟徳は立ち上がり、大きく伸びをした。
「お前がなんであんな可愛い子と知り合ったのかとか、なんであんな可愛い子がお前を好きになったのかとか、不思議が多い」
言われるまでもない。ただ離れていくのが嫌になっただけだ。
「若い子は怖いのに」
文若がその口調に顔を上げた時は、孟徳は歩き出していた。
「おい」
「先に戻る」
手を上げた背中は、相変わらず飄々としている。文若はしばらくして息をつき、ベンチに背を預けた。らしくなく、昏いものが籠った口調だったなと思う。まああれだけ女子とつきあえば、色々経験もあるのだろう。
怖いというより自分はただ、花と同じ年齢でない自分がもどかしい。同じ年齢であったなら、気軽に手を繋ぎ、電話をし、勉強の相談に乗り、友人の悩みを毎日聞くような関係になれたかもしれないが、いまの自分は話を聞くことしかできない。アドバイスなんて気の利いたことを言える立場でもないし、人生経験もない。そんな風に思うということはきっと、花と同じ年齢であったらあったで自分が年上だったらよかったとでも考えるのだろう。どうしようもない。文若はコーヒーを飲みほし立ち上がった。
(2015.3.12)
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