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現代版の文若さんと花ちゃんです。花ちゃんside。
花は足を止め、振り返った。
「どうしたの?」
彩が目ざとくこちらを見る。花はあいまいに笑って首を横に振った。
どうして、文若さんだ、文若さんがいると思ったのだろう。ショッピングモールのフードコートなんて、いちばん彼がいなさそうなところなのに。
「それにしても混んでるね。世の中、春休みー?」
かなが伸びをするようにしてまわりを見回した。確かに、保育園がそのまま越してきたように思えるほど子どもがいる。その子らが走り回ったり、店頭モニターから流れる音楽に合わせて踊ったりしている。その母親とおぼしき年齢の集団があちこちで噂話に花を咲かせている。
「あたしたちが春休みじゃないんだから、違うでしょ。でも混んでるね、確かに。」
「ほかに行くところあるでしょー?」
「あっちもそう思ってるよ。…あ、あそこ、空いてる」
彩が指差したスペースは、5人くらいの、母たちの集団の隣だった。ベビーカーで寝ている赤ん坊はどうして寝ていられるのかと思うくらい声高に話し楽しげに笑い、ファーストフードを食べている。花は彩の制服の裾を引っ張った。
「何かお菓子買って、わたしのうちに行こうよ。ちょっと落ち着こう」
「なになにー、落ち着いてわたしたちに相談したいことでもー?」
かながふざけて笑った。花はあいまいに笑った。
「そんなんじゃないけど。なんだか」
「急に行って大丈夫なの?」
「お母さんがいるから、大丈夫。」
「じゃあ、花のご家族の分は、かな、割り勘ね」
「おっけー」
「いいよ、そんなの」
「いいって。じゃあ、あのドーナツ屋さんに行こう。」
おー、とかなが幾分気の抜けた声をあげた。足を速めるふたりを慌てて追いかける。フードコートを通り抜けようとしたところで、かなが立ち止った。そこそこ行列のついているタコ焼き屋だ。
「あー、ソースの匂いもいいよねえ」
彩が呆れた顔で眼鏡を押し上げた。
「ちょっと、タコ焼きの匂いと電車に乗る気はないよ」
「えー」
唇を尖らせたかなは、それでも素直に彩に従った。前歯に青のりがつくのはお洒落じゃないと思ったのかもしれない。
花は、歩きながら行列をぼんやり見た。しきりにスマホをいじっているスーツ姿の男の人が並んでいる。それを見て、花は、さっき文若がいると思った理由に思い当たった。
あの時、彼と同じ、きつくないけれどまわりではあまりいない整髪料の匂いが通り過ぎたからだ。本当に文若だったら何メートル先からでも分かると思うから、決して彼ではない。
そう、心中で断言した花は、ひとり顔を紅くした。あなたが使っているものに似た整髪料、着信音、コートの色味、鞄、そんなものを収集しているわたしがいる。
ああでも、こんなことを話したいなと思う。気が付くとわたしだけしゃべっていて甘えているなと思うし、あなたは聞いていて退屈だと思っているかもしれないけど、あなたといない間のわたしを知ってほしい。もしかしたら、こうして離れているあいだも埋められるかもしれないもの。
呼ぶ声に慌ててその場を離れる。どんなドーナツが好きか、いつか聞いてみようと思った。
(2015.4.1)
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