二次創作。はじめての方はat first はじめに をご一読ください。
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ここまで続くとは思ってなかった…
七、
花が包みを手に首を傾げた。芙蓉姫が不審そうに眉根を寄せる。
さすがは都で、蜀では滅多にお目にかかれない高級な茶葉が流通している。それを少しづつ買っては試すのが、ふたりの都での楽しみだ。
「なあに?」
「子建さんからみたい。…あ、こっちは子桓さんだ。」
花が幾重にもなった油紙を開けると、紅い紙包みと白い紙包みが現れた。それぞれに花が四隅に梳き込まれた、小さいが趣味のいい紙だ。
「子建さんは紙だあ…子桓さんからは、えっと、筆置きかな、これ。かわいい、兎だ。」
白い石で作られた小さな兎を手のひらに乗せ、にこりと笑った花に、芙蓉姫は大きな息をついた。
「花ったら、呑気なものね!」
たん、と芙蓉姫が音を立てて茶器を置く。花は兎をそっと卓に置き、小さな目を見つめた。はめ込まれた紅い石が何か問うようにきらりと光った。
「呑気なわけないよ?」
「本当に、考えているのね」
にじり寄る芙蓉姫に、小さく頷く。
「わたし、どういうお返しをすればいいのかな」
「そういうことじゃないのよ。…ねえ、もう一度聞くけど、本当に、街を一回、一緒に歩いただけね?」
「そうだね…そのあと、子桓さんに馬を見せてもらったり、子建さんに流行りの詩を教えてもらったりしたよ? 子桓さんの馬って本当にきれいなの。雲長さんの赤兎もきれいだと思ってたけど、もうちょっと大人しい感じ。子建さんは…そう、吟じる、っていうのかな? 声がとても優しいんだ。寝そうになっちゃった」
照れ笑いをする花を、芙蓉は横目で見た。
「なのに、筆に墨に硯、今度は紙に筆架。どれも趣味がいいものだわ。」
「文をください、ってことでいいかな?」
「いいかな? じゃなくて!」
もうっそんなに可愛い顔をわたしに向けてどうするのよ、と芙蓉姫がぼやきつつ茶を飲み干した。
「いい、花。ここは考えどころだわ。」
考え込む顔が雲長に似ていると言ったら彼女の説教はさぞ長くなることだろう。花は逸れかけた考えを、あの青年ふたりに戻した。
「そうだよね、ふたりとも孟徳さんの息子さんだもん。迂闊な文を送ったら笑いものになっちゃう」
「そう言うことじゃないのよ…」
「ほんとうにねえ」
耳元で囁かれた花は、すくみ上がった。
「うひゃあっ」
「色気のない声だね」
「しし師匠!」
耳を押さえて振り返った花は孔明に怒鳴り返そうとしたが、顔を見て思いとどまった。孔明の笑顔が、楽しいものを見付けた時の顔になっている。そんな時は何を言っても無駄だ。
「まあ、下書きができたら芙蓉姫に見せなよ。きっと添削してくれる」
「芙蓉姫、よろしくね! じゃあさっそく書かなきゃ」
笑顔で様子で去っていく花の背を見ながら、芙蓉は孔明を横目で見た。
「孔明殿」
「なんですか芙蓉姫」
「宮廷であの子がなんと呼ばれているかご存じですわよね?」
「無論」
ひら、と孔明の羽扇が返る。
「傾国の軍師」
芙蓉姫が盛大なため息をついた。
「軍師が傾国、って、矛盾してるわ…」
「丞相殿のところでは、ご子息たちがあの子宛の品物を競って選ぶので、あの子はたいそう美女で気立てがよく頭も非常に回る世にも希な娘ということになっているそうですよ。それに丞相が負けまいとしているとかいないとか。あの子のもとに華麗な衣装が長持ちで届くのも遠い日ではないかもしれませんね」
「しれませんね、ですって…何を考えていらっしゃるのかしら?」
「何を?」
「あなたのことだもの、何か画策しておいでではなくって?」
「まさか。あははは」
笑う孔明を見ながら、芙蓉はため息をついた。
「それにしても困ったわね。帝も花をお気に召して、今日はいないのか明日は来るのかと常にお尋ねだそうじゃない。」
「まあ帝は、恐れ多くも花を母親のように慕っておいでですからね。あとは花の振る舞いひとつだ。」
孔明は身を返し、ふ、と芙蓉を振り向いた。
「芙蓉姫。あの子を気に掛けてあげてください。わたしが出すぎると、あの子は考えないかもしれない。芙蓉姫の助言でしたら素直に聞くでしょう」
芙蓉は、ふんと顔を背けた。
「孔明殿こそ、あの子を見くびっているのじゃありませんの?」
孔明は苦笑した。背を向けて立ち去っていく。おかげで、彼が羽扇の影で呟いた、「あとは彼女は幸せになってほしいだけなのです」という言葉は彼女に聞こえなかった。
(つづく。)
(2010.11.9)
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