二次創作。はじめての方はat first はじめに をご一読ください。
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文若さんと花ちゃんです。「世は春なれや」の後です。
「花殿」
快活な声に、花はぼんやりしていた意識を引き戻した。執務室の入り口で、江建が笑っている。腕いっぱいの簡を卓に置くと、立ち上がった花のもとに歩いてきた。
「今日は、丞相に挨拶ですか?」
「はい。あと、よく通っていた書庫とか、他の方々にご挨拶です。」
「令君は?」
「急ぎの用だとかで、孟徳さんに呼び戻されました」
まるで自分が置いて行かれるような心細い顔をし、「わたしが戻るまで絶対にここを出てはならん」と言い残して執務室を出て行った文若を思い出すと、花は自然と笑みを浮かべた。
江建は花を長椅子に座らせ、無造作に椅子を引っ張ってくると向かいに座った。背もたれに顎をのせた非常に行儀の悪い格好だが、それがさまになる不思議な魅力を持っている。
「花殿が令君と婚儀を挙げた時も騒ぎになりましたけど、お子ができて職を辞す時も賑やかですね」
花は顔を赤らめた。
芸能人みたい、とぼんやり思ってしまうほど、花の懐妊は確かに話題になった。孟徳はうきうきと「将来の俺のお嫁さん」という夢を語り始め、翌日には山のように進物が届けられた。子建は手ずから産着や赤子用の布団を持ってきた。事態に花の感情が追いつかず、少し伏せってしまったほどだ。そのために文若が孟徳を監禁して二日間仕事詰めにした、という「怪談」さえ漏れ聞いた。
そのせいか、孟徳は涙目で今日の花の挨拶を受けた。寂しい残念だつまらない潤いがなくなる女の子は本当に俺のお嫁さんに頂戴と立て板に水で言われ、文若に半ば背を押されるようにして執務室を出て来たのだ。
「…すみません」
諸々を思い出して謝ると、彼は微笑を深くした。
「今日もずいぶんいろいろ渡されたでしょう」
悪戯っぽく江建が言う。文若との婚儀直前になって花に装身具や小物を渡そうとした者が多くなったことは彼も知っている。文若はずいぶん怒ったし、江建は追い返してくれた。花は苦笑した。
「今日はこの小さいお人形だけです」
花の目にはてるてる坊主と同じくらいそっけない、手のひらにおさまるくらいの人形だ。中心の木の板に目鼻が書いてあり、それに服がわりなのだろう白い布が巻いてある。
「ああ、安産のお守りですね。令君はいい顔をしなかったんじゃないですか? そういうもの、お嫌いでしょう」
「そうみたいですけれど、受け取っておきなさいと言ってくれたので。産まれたら川に流すんですよね?」
「そうです」
江建は窓の方を見た。どこかで木の葉が鳴っている。官たちのひそかな足音と行き交う衣擦れは、ここへ移ってきた頃から変わらない。
「寂しいですね。…つまらない、と言ったほうがいいかな。」
「江建さんには、ずいぶん助けられました」
本心から花が言うと、彼はくすりと笑った。
「楽しんでただけです。何しろ令君と来たら、あなたに惚れだしてもうろたえるばっかりで、実際に恋仲になってもまあこっちが恥ずかしいくらいうろうろしてた」
彼がこういうことも言っても嫌みはないし、孟徳と違ってむきになって反論するふうでもない。まるでクラスメイトといるようで、その雰囲気だけでも花はずいぶん助けられた。
「文若さんですから」
花が言うと、江建はちらりと彼女を見て短く嘆息した。
「わたしも婚儀を挙げることにしました。」
この件は裁可下りましたよ、というようないつもの軽い調子だったが、花はじゅうぶん驚いた。彼は随分もてるので、いっとき、文若が花に近づけることを迷ったほどだった。
「わあ、おめでとうございます」
「いいえ。まさかこの女と、って考えてた子なんですけどね。まあ色っぽいですけど」
「江建さんの好み、ですね」
「そうですね」
照れもなく肯定した彼は、花を見て、その派手な容貌にふさわしい華やかな笑顔になった。
「令君とあなたを見ていると、そういうのもいいかな、って思いましてね。」
花は目を丸くし、一気に真っ赤になった。そんな、と言いかけて何も思いつかず顔を伏せる。
戻った、という声に顔を上げると、文若が戸口に立っていた。お帰りなさいと揃って頭を下げると、文若が微妙な表情を浮かべる。彼は咳払いをして表情を改めた。
「江建、ではわたしは今日は屋敷に戻る。あとを頼む」
「はい」
文若はまるで見せびらかすように花の手をきつく握り、部屋を出ようとする。花は振り向いた。
「あの、江建さん、お幸せに!」
江建は、楽しそうに手を振った。文若が部屋から引き離すように足早に歩き出す。
「文若さん、江建さんが結婚するんだそうですよ」
「ああ、聞いた。」
「わたし、お幸せに、って言っちゃった」
堪えきれずにうふふ、と笑うと、文若が怪訝そうに振り返る。
「どうした」
「お幸せに、って、文若さんと婚儀を挙げる時からたくさん言われましたけど、自分が言うのもとっても嬉しくなるんですね。」
文若の目尻がゆっくり溶けると同時に、彼は立ち止まった。そして、一瞬、とても嬉しそうに微笑んだ。それは寝室で他愛ない話をしている時、しかもちらりとしか見られない表情で、花がどうにかして文若からそれを引き出したいと躍起になる笑みだった。
「そうか。幸せか」
「…文若さんといるから」
白昼で見た彼の表情に動揺してどうにか返事をする。夫はそれを面白がるような表情を浮かべたようだがすぐいつもの謹厳な表情に戻り、歩き出した。その耳が紅いことを確認して花がこそりと微笑むと、それをたしなめるように繋いだ手に力がこもった。
(2010.11.12)
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