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二次創作。はじめての方はat first はじめに をご一読ください。
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 マボロシと言うからには。
 この方を出演させていただきますです。
 
 
 


 
 
 
 自邸でなく、宮城内の私室に戻る。
 そこは自分だけで過ごせる。いまは使用人と言えど、邪魔してほしくない。彼女との会話を反芻していたかった。
 珍しい乳製品を耳慣れない言葉で呼んでいた彼女。紅の花を髪に飾ってあどけなく笑っていた。それが、地理や西域民俗のことになると急に真剣になる。
 勉学が好きというだけなら、貴族の姫にもまったくいない訳ではない。しかし花の場合はあくまで実践なのだ。その落差が快い。
つらつら考えらながら歩いていた彼は、回廊の暗闇に人影を認めて足を止めた。彼を待っていたらしい文若が、丁寧な礼をした。子建は団扇を揺らした。
 「こんばんは、尚書令どの。なにか、急ぎのご用でしょうか。」
 いつも簡潔かつ的確に物事を言う文若には珍しく、彼は視線を泳がせた。
 「昼は城下に視察と伺いましたので、お待ちしておりました。」
 子建は微笑んだ。
 「ええ、視察に出ておりましたよ」
 「その…例の、蜀の姫軍師とご一緒であったと」
 「兄上もですがね。」
 相変わらず言いよどんでいる文若に、子建は近づいた。
 「あなたは平手打ちした手はたいそう小さく温かかった。」
 「…あれは」
 「分かっています。それでもわたしは、彼女がいてくれて本当に良かった。あなたがこうして生きて父上を、帝をお支えくださるのですから。」
 緩やかに彼が言うと、文若は意を決したように視線を子建に合わせた。
 「公子様方は、どこまでお考えになって彼女を連れ出したのですか。ご自分のご縁談を覚えておいででしょうか。」
  微妙に変化した文若の声音に、子建は背を伸ばし、団扇を振った。
 「無論。父上に申し上げて、わたしたちの縁談を一切持ち込まないという期限まで、あと半年です。」
 「それまではお遊びになっても構わぬという訳ではございますまい。」
 「あなたにしては珍しい分野の進言ですね。」
 思わず微笑んだ子建に、文若が眉間の皺を刻んだ。子建は団扇を口元に当てた。
 「お考えのことは分かりますよ。彼女は希有な姫君ですからね。」
 「単に希有、と申し上げては語弊がございます。彼女のような人物にわたしは出会ったことがございません」
 「わたしもです」
 揶揄するように言った子建に構わず、文若はとつとつと続けた。
 「彼女はおそらく、この世にひとりなのでしょう。だからこそ、あのようなことを考え、実行した。無論、それを許したかの君主、軍師の方々の存在も大きいことでしょうが、考えたのがあの娘であることは明白です。」
 「そうですね」
 「わたくしは、だからこそ、彼女を選ぶ者は自らを独りにせねばならぬと思っています。丞相とて、彼女を選ぶならば己の身を独りに為すことでございましょう」
 子建は目を細めて文若を見返した。
 「いささか推測が過ぎるのではありませんか」
 「いえ。これは丞相にお伺いしたことがございます。」
 「…我らが母上たちを、離別するということですか」
 さすがに彼の声が揺れた。目を閉じる。
 「あなたはあの姫に、まつりごとの可能性を見出したのですね。ですからそのように仰せになる。」
 彼は咳払いした。
 「わたしは確かに、成しえぬことを成しえた娘に興味があります。ですから、その先が得体のしれぬことでたわめられてしまうのは如何なものかと思うのです。」
 「得体の知れぬこと、とはあなたらしいことだ。…気をひかれたのですよ。それが父上のように恋慕につながるものかどうかはわかりません」
 文若は何か考え事をしているようだった。しかし口に出すのを止め、子建を見つめた。
 「お話できて、ようございました。これであの娘のことで何かよからぬ企みがあっても、公子様方はあの娘の擁護に回られること、確信いたしましてございます。」
 子建は思わず微笑んだ。こういう言質を取りに来るところが彼らしい。そんな彼を、文若はきり、と睨んだ。
 「笑いごとではございません。公子様方が、あの娘に気を惹かれたことはもはや三国に知れておりましょう。それを邪推する者は、いくらでも居ります。」
 「たしかに、呉の都督どのなどは、魏と蜀がこれ以上くっつかれては心持が悪いでしょうしね」
 「さようです。」
 「あの娘には、そのような邪推は通じませんよ。尚書令どのも、今度は平手打ちなされますまいから、個人的にお会いになってみてはいかがでしょう。帝の御前でしか対面したことがないのでしょう?」
 「…そのうちに」
 「はは。…では、失礼いたします」
 生真面目な尚書令の横をすり抜けながら、彼は団扇の影で笑みを作った。
 そうだ、あの娘はむしろこの男に似合いかもしれない。あの出来事があってから、「尚書令が笑う」というのは魏では不可能なことを指す言葉ではなくなった。
 ますます興味が湧きますね、と彼は笑みを深めたが、すぐため息をつく。
 「…こういうところだけ父上に似ていると言われるのですよね…」
 彼は袖をひらりと振ってまた、歩き出した。
 
 
 
(つづく。)
(2010.10.7)

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