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二次創作。はじめての方はat first はじめに をご一読ください。
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 この話がこんなに続けていけることに、本人がいちばん驚いております。
 応援して下さるみなさまのおかげです。
 
 
 今日は、たのしいまちあるきです。
 
 
 


 
 
 楽しげに笑み崩れる花の横顔を、子桓は素早く盗み見た。
 花は、先程、子建が買ってその髪に止めてやった小さな紅い花飾りを無意識のように指先で触りながら、彼の語る都案内に目を輝かせて聞き入っている。
 兄弟も花も、あたりに紛れる地味な装いをしている。そのせいか、花は初めて会った時よりもいっそう幼く見えた。
 子桓をこの町歩きに誘いに来た子建は、「父上があの軍師殿を気に掛けられるのは色好みだけではありませんよ」と、それが習い性のような謎めいた雰囲気で言った。それが子桓には非常に効果的だった。だから、公務を放ってまでこの娘に同行した。
 彼には、花は幼げな娘にしか見えなかったし、父の手練手管はそれが彼の女子への礼儀としか見ていなかったからだ。
 今頃、父は怒り狂っているかも知れない。あのとき、この娘の手を握った時に向けられた殺気はあながち芝居でもないだろう。
 …しかし、この娘が。
 子桓は何度も胸中で問いかけながら、花を見る。
 弟はこの娘を、自分の知らぬ「言葉」を持つ娘だと、だから知り合いたいのだと言った。詩でこの世を読み解こうとする弟が持つにはもっともな興味だ。
 では自分はどうだろう。
 なるほど、三国が並んで帝に膝をつくこの状況を招いた娘という点では興味がわく。その考えを、可能性すら考えなかったからなおさらだ。
 (こんな娘が、な)
 子桓はもう一度思った。
 「…ですから、このあたりには西域の商人が多くなったのですよ」
 「そうなんですか。わあ、あの女の人の服、すごい綺麗な刺繍ですねえ。美人!」
 色鮮やかで扇情的な衣を身にまとった女子の一団が行く。背の高い青い目の娘が、見とれていた花に可笑しそうな笑顔を投げた。
 「あれは西域の娘たちですよ。この先の広場で芸をするのでしょう。ご覧になりますか」
 「見たいです!」
 花が勢いよく頷く。
 子どものような彼女の笑顔につられたのだろう、弟の無防備な笑顔を久しぶりに見ている、と子桓は思った。この弟は、無邪気な笑みでいつもひとを煙に巻いているが、いま彼女に向けている表情は心底、楽しげだった。
 ふいに花がこちらを向き、子桓はどきりとした。彼女の瞳は本当に生き生きと見える。公子である子桓をまっすぐ見るのは、今や彼の両親と側近くらいだ。
 「子桓さんもいいですか?」
 「あの一団は都でも有名だから、きっと楽しいものを見せてくれるだろう。」
 「子桓さんは見たことがあるんですか?」
 「兄上はね、この無愛想な顔立ちが誠実そうだ、と、女子に人気なのです。あの娘たちも顔なじみなのでしょう」
 秘密めかして子建が言うのを軽く睨む。先程、花に笑顔を投げた娘とは確かにいちど、関わった。短剣投げを得意とする彼女は、危険度の高いその芸とは裏腹な、まろやかな声の物静かな娘だった。
 花は笑った。
 「でも、子桓さんってそういう感じです。何が起きても守ってくれそうだから、つい頼りたくなるんだと思います」
 そう言った花の目が意外なほど真剣で、子桓は胸をつかれた。この娘は軍師だったと思い出す。その目に自分はどう映っているだろうか。
 「おや、すっかり信用されておいでだ」
 本気の嫉妬が混じっているような声音の弟を見返す。彼は瞬きして笑みを作った。
 「子建の言葉に惑わされるなよ、いつも調子のいいことばかり言う」
 うふふ、と花は笑う。そこに先程の真剣さは無く、また先程までのように、あどけない笑顔の娘がいるだけだ。
 その時、行く手から賑やかな音楽が聞こえてきた。花は顔を輝かせた。
 「始まるんでしょうか?」
 「ああ」
 「じゃあ、行きましょう」
 花の手が、子桓の大きな手をごく自然に握る。彼はとまどって彼女を見下ろした。その視線の意味に気づき、花は顔を紅くして手を離した。
 「ご、ごめんなさい」
 花は小首を傾げ、おそるおそる、というように子桓を見上げた。子建のほうをも盗むように見る。
 「あのう…子桓さんや子建さんをお友達、と思っていいでしょうか」
 彼は瞬きした。
 「友?」
 「おかしい、でしょうか? 国も違うし、その…子桓さんたちには高い身分がある、と玄徳さんにも言われたんですけど。でも、同じ年頃のひとと知り合う機会もあまりなくて、いろいろ相談したいひとが違う国にいるのって心強いんです。」
 おろおろと呟いていた花は、目尻を下げて心底困った表情になった。
 「駄目、でしょうか」
 …孟徳の座に最も近いと噂される公子に向かって『友』と。
 「国が違う、とあなたが言うのは心得違いですよ」
 子建がそっと言うと、彼女はそちらに目を向けた。子建は真剣な顔をしていた。
 「我らは陛下のもと、集まった者です。あなたと同じです」
 同意を求めるように子建がこちらを見る。深い息をつき、子桓は彼女の手を取った。花の顔がぱっと輝く。
 「その通りだ」
 他でもない伏龍の弟子と友とは、得難い経験になることだろう。いや、そのような堅苦しい言葉でなく、単に面白そうだと思う自分が居る。子建の考えには同意するが、何かあれば明日には敵となる男に向かって、友、と。
 「こういう先導は子建だけにできるものでもあるまい?」
 子建の右眉がぴくりと動いた。
 「行こう」
 調子の早い曲が、三人を呼ぶように高くなる。子桓は彼女の手を握って歩き出した。
 
 
 
(つづく。)
(2010.9.28)

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