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二次創作。はじめての方はat first はじめに をご一読ください。
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 10月最初の更新がコレになりました…なんだか着々と増えていきますです。
 
 
 



 
 
 「ただいま戻りました」
 「ああ、お入り」
 軽い孔明の声に、花はそっと扉を押し開けた。執務が終わったらしく寛いだ姿の師に笑いかける。
 「おそくなってすみません」
 「いいよ、玄徳様のところに行ってから来たんだろ? そこにお座り」
 示された椅子に腰を下ろすと、満面の笑みを浮かべた孔明が真正面に待ち構えている。花は少し首をすくめた。
 「じゃ、師匠にも報告して貰おうかな。なに、してたの」
 「都見物、です」
 「じゃあ何を話したの?」
 「今日、連れて行って貰ったのが、西域の人が多く住む界隈だったので、そのひとたちの話をしてもらいました。乳製品を買って貰ったり…えっと、この髪飾りは子建さんに、この組紐は子桓さんに買って貰いました。」
 紅い花の髪飾りと、深い緑の飾り紐を、孔明の机に置く。それを一瞥した彼は、深々とため息をついた。
 「それだけ?」
 「はい。それだけです」
 「ふうん。」
 「…なんだか師匠、不満そうですね」
 「そんなことないよ。キミが無事に帰ってきて良かった」
 組紐を顔の前にぶらさげてぼそぼそと言う孔明に、花は首を傾げた。
 「あの…本当に、あのふたりは親切なだけでしたよ?」
 「キミは男を見る目がないからねえ」
 「あ、ひどい」
 「言い換えようか。男に警戒心がないからね。」
 「警戒心、って」
 「彼らは丞相のご子息だよ。ボクたちがこうして並んで帝にお仕えすることになったいまでも、その力は決して侮れるものじゃない。その彼らに声を掛けられて浮かれないのはキミくらいだ。」
 「浮かれるって、心外です。緊張はしましたけど。でもわたしのことや、師匠や玄徳さんのことは、特に聞かれなかったです」
 「当たり前でしょ、彼らはキミに聞いて分かるくらいのことはもう知ってるよ。…ま、その上でキミに声を掛けてきたんだから、推して知るべしだね。」
 「師匠、自己完結しないでください」
 ささやかな抗議をすると、孔明は「自分で考えなさい」とそっぽを向いた。花は昼間の彼らを思い返しながら俯いた。
 こちらへ来てからというもの男子といえば、近寄りがたいいかつい武将か、玄徳や孔明のような地位も実力も半端ではない者たちとばかりいたせいか、今日は久々にクラスメイトといるような感覚になった。もちろん孔明の言う通り、子桓も子建も身分と立場は非常に高い。何より、あの孟徳の息子だということは忘れていない。それでも彼らはとても自然に側に居て、背を叩いてはしゃぎたくなって慌てもした。
 「今日、ボクはね、芙蓉姫にさんざん怒られたんだよ。」
 孔明が不満そうに唇をとがらす。
 「え?」
 「あの丞相の息子に、花をひとりで行かせるなんてどうかしてますわ、ってね。玄徳様も詰め寄られたようだし。」
 「ええっ、謝って来なきゃ」
 「もう遅いって。まあ、次にはよく考えなさいよ。でないと、蜀は軍師を餌に魏を籠絡しようとしてるなんて言われかねない」
 ろうらく、と呟いて、なんだかどこかで聞いたことがあるなと花は思った。その途端、過去のことが一気に甦る。
 「籠絡なんてとんでもない! 絶対に、できません」
 「そこで『できません』っていうキミは正直でいいけど。じゃあどうして彼らはキミに声を掛けてきたの?」
 「わたしが珍しかったからです。」
 「珍しいだけだったら、彼らは自分の手を煩わせたりしない」
 孔明が静かに断言して、花は言葉を呑んだ。師の眼差しは非常に厳しかった。
 「彼らがどんな地位に居るのか分かるね。あそこには、ボクらの知る、ありとあらゆる良質なもの、珍奇なものが運び込まれる。望まなくても、彼らはそれに触れて生きてきたんだ。この世の一番上も下も知り抜いているその彼らを、キミは刺激した。それこそ、キミは望まなくても、ね。」
 孔明はくるりと表情を変えた。
 「まあボクは、キミが、あの丞相をお義父さん、って呼びたくなるようならいつでも相談に乗る覚悟をしておくとするかな。」
 「おおおおとうさんっ!?」
 「だってそうじゃない。」
 孔明は立ち上がった。花に背を向けて窓辺に寄る。
 「うるさいって思ってるでしょ」
 まさに口をとがらせかけた彼女はそのしぐさをやめた。
 「……お父さんみたいです」
 「ボクは、キミがまだ必要だと思ったから引き留めたし、キミもそう思ってくれたから残ってくれたと思ってる。だからなおさら、ここに残ったことで悲しい思いや辛い思いを必要以上にしてほしくない。」
 花は暗い窓辺に立つ師の後ろ姿を見た。背に火影が揺れている。
 「…辛いこと、ですか」
 孔明は返事をせずにちらと花を振り返った。花は背を伸ばした。
 「辛いこともあるかもしれないけど、わたしはここに残ることを自分で選んだので…それは、師匠に相談したくなることもあるかもしれないですけど」
 「じゃあひとつ、忘れないで。ずっとボクはキミの味方だ。」
 花は目を細めた。
 なんて奥深い声だろう。いつも掴みきれないまま逃げられてしまう気がする彼の心に、自分が追いつくのはいつだろう。
 孔明は窓を向いたまま、ひらりと手を振った。
 「もういいよ。おやすみ。お疲れ様。」
 おとうさん、という言葉が頭の中でくらくらしたまま立ち上がる。
 回廊へ出てしばらく歩くと、花は立ち止まった。成都では咲かない花の香りがする。
 「おとうさん、だなんて」
 どうしてすぐ、そうなってしまうのだろう。最初からそんな目的で近づくという考え自体が花に無いから、戸惑うばかりだ。あのひとたちは「友」で居ると言ってくれたのに、その言葉をまわりはすぐ飛び越えっようとする。
 そういう世界なのだから仕方ない、と言いたくない。でもあまりかたくなになるのもどうか、と息を吐く。
 とにかく明日、きちんとお礼を出そうと決めて、花は自室へ歩き出した。
 
 
 
(つづく。)
(2010.10.01)

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