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二次創作。はじめての方はat first はじめに をご一読ください。
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 リクエストありがとうございました。

 玄徳さん×花ちゃんエンド後ですが、ハッピーな話ではありません。花ちゃんが辛い目に遭っています。

 そういうのがお嫌いな方はなにとぞ、ご覧にならないようにお願いいたします。

 


 

 部屋は、じゅうぶん明るかった。
 柔らかな色の布が掛けられた壁、蔓草模様で飾られた窓、すべすべした掛け布が置かれた寝台、薫り高い煙をくゆらす香炉。そのどれもが財力と権力を物語っている。
 けれど、この部屋はとても歪んでいる。
 壁は手がかりとなるような梁や柱が塗り込められ、窓は外側から格子が填められ、寝台の柱には太い鎖が足首まで連なり、香炉の煙は嗅いでいると頭がぼんやりしてくる。
 じゅうぶん、明るいはずなのに。
 なぜあのひとは浮き上がって見えるのだろう。紅い衣がしゃべっているみたいに見える。
 「まあ、予想してたことではあったんだよ」
 ともすればぼんやりしそうになる頭に、鋭く割り込んでくる声。
 上機嫌に見える表情で孟徳は腕を組んだ。だがただの上機嫌、ではないはずだ。長くはないが短くもない月日、花はこのひとが認めるもうひとりの英雄の側で過ごし、そしてその側を唯一と決めた。だから、何となくでも見える。彼が心を躍らせているのは、ただの楽しみではない。
 しかし、彼にとっては楽しみなのかもしれない。描いていた図が目の前に現れたのなら。
 「領内で暴動が度重なれば、いかな玄徳と言えども城を出て討伐に向かうだろう。そこをついて、君は攫われた。単純だけど分かりやすい。公瑾は実に最小限の労力でそれをやってのけたね。でも、俺が横から攫っちゃった。」
 ふふ、と彼は笑う。
 「公瑾は兵権を剥奪されるだろう。仲謀の意が荊州攻略から引いたことは間者の報告で分かっている。彼は歯がゆかったんだろうね、ずっと。いや、そんな生やさしいものじゃない。…彼には別の男がずっと側に居る。ああ、違うか。彼が縛り付けているのか。」
 孟徳は喉の奥で笑った。
 「死人ほど人を縛るものはない。」
 彼の顔を過ぎった笑みがあまりに暗く、花はこくりと喉を鳴らした。それは一瞬で、にこやかなもとの顔に戻った。
 「ああ、君はまだそういうことは分からないか。まあでも、遅かれ早かれ、こうなるとは思っていたよ」
 どうして、と問おうとした。だが言葉が出ない。
 孟徳がいそいそと顔を近づけてくる。香の匂いも、至近距離で見る微笑みもあんまりまばゆくて目眩がする。
 「きれいになったね、花ちゃん」
 思いがけない言葉に瞬きする。孟徳は幼子のように唇を尖らせた。
 「あいつが手に入れたっていうのは本当だったんだな。芙蓉ちゃんも花ちゃんも、可愛い子はみんなあいつのもの」
 息が頬にかかる。
 「ずるいよ」
 …好いた女が他愛ない悪戯をしたときのような。自分が絶対の上位にある拗ねた声音。
 花は俯いた。自身の着ている衣が目に入る。孟徳の面前に引き出される時に着替えさせられた、柔らかで甘い匂いのする衣だ。こんな上等の衣、あのひとの元では決して着ることがない。でも、と花は衣を握りしめた。あのひとの側でなら、何だって素敵だった。…何だって、特別だった。
 (玄徳さん)
 泣いてはいけない。このひとの前では決して。
 わたしは、あのひと。
 花は顔を上げた。
 「孟徳さんはどうしてわたしを盗ったんですか」
 「いい機会だと思ったから」
 にこ、と。
 玄徳を慕ってついてくる子どもが時折見せる、悪童の顔によく似ている。
 「呉の都督は、ただ土地を侵略するだけじゃない、玄徳と仲謀の亀裂を決定的にしたかったんだね。玄徳を暗殺する手はうまく行かなかったかな?」
 にこりと笑う顔は、何でも知っているようだ。
 「それが君を攫うことなんてずいぶん可愛いけれど…既に帝を手に入れた国に、あいつに、どうにかして、ということかな。あいつを君主として試すだけじゃなく、根を腐らせたかったんだな。彼の考えはよく分かるよ! 花嫁を盗られた男。ふふ、たいそうな称号だ」
 「わたしは、盗られたままでなんて!」
 「そうだねえ」
 孟徳は眉を困ったように下げた。
 「花ちゃんには一回、逃げられちゃってるしね。今回はちゃんと守るよ」
 甘く優しく、それこそあのひとが誓ってくれるような声音で、違うひとが言う。
 「まもる…?」
 「うん。かわいい俺の花嫁さん」
 「わたしは」
 「俺の花ちゃん」
 息が止まるような口づけを落とされる。相手の胸についた手は難なく握りこまれて押し倒される。
 「今頃、玄徳はどんな顔をしているかな。」
 口づけの合間に落ちる囁きが染みてくる。
 「芙蓉ちゃんやあの図体の大きな義弟は怒り狂っているだろうなあ。雲長や君の師匠が、玄徳に立場というものを説いているかもしれない。子龍、だっけ、若い使い手。彼は無言で槍を手入れしているかもね。あいつはそれをなだめているかもしれないね、あのきれいな外面で。ふふ。ああ、じかに見たかった! それだけが残念だな」
 玄徳さん、と言おうとしてまた、口を塞がれる。
 「いいよ、呼んでも。何回でも口を塞いであげるよ。まあ気分が変わったら、その名前を呼べなくなるようにしてもいい。可愛い声が聞けなくなるのは寂しいけど、仕方ない。」
 晴れ晴れと彼は笑う。
 「簡単なことだ」
 (…くるしい)
 肌が泡立つのは外気に触れるからばかりじゃない、このひとの瞳が何もかも剥いでいくからだ。きっと玄徳への思いすら容易くつかみ上げて食べてしまう。あれは見付けやすい、だって花の中でいちばん輝いている、花そのもの。
 …もう、逃げるための本は、ない。
 ああ、頭がぼんやりする。
 ただ見開いた目の中いっぱいに映り込む紅は鮮やかで冷たい。ひとが着ている衣なのにどうして冷たいんだろう。我知らずそれに爪を立てながら、花の意識は途切れた。


(2012.8.4)
 

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