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公瑾さんと花ちゃん、婚儀後です。
雨の匂いをさせて帰宅した公瑾は、それでも穏やかな顔をしていた。今日は大きな問題がなかったようだと、出迎えた花は思った。外套を渡す手つきも滑らかだ。送り出す時に、今日も悪いことがありませんようにと密かに願っていたから嬉しい。いつだって、側に居て何ができるわけでもないくせに、自分だけお休みをもらうような日は特にそう思う。
居室に戻ってきた夫は、おや、と小さく言った。視線を追って花は顔を綻ばせた。
「ええ、できたんですよ。飾りました」
「ひなまつり、というものでしたか。」
「はい。」
夫は花の着せかける上衣にゆったりと袖を通すと、彼の手のひらに乗るほど小さな人形が飾られた棚に近づいた。公瑾の古い衣を着た人形と、花の好きな薄桃色の衣を着た人形が並んでいる。本当はあの制服にハサミを入れるべきなのかもしれないが、まだ、できない。人形と言ったって、卵に目鼻を付けたようなサイズな上、花が顔を描いたからいかにも稚拙だ。けれどそれがかえって、飾ってある棚の優雅な意匠におかしみを添えていた。
公瑾は指先でかるく弾くように人形に触れ、微笑んだ。
「子どもの好きそうなものだ」
「これを飾って、女の子はうんと着飾っておいしいものを食べるんです。」
そう口にすると、菱餅やあられの色彩が目の裏に過ぎった。はしゃいだ声がそのまま形になったような、あの他愛ない甘さはもう遠い。
「どちらが目当てなのですか」
「どっちもです」
胸を張って言うと、彼は口元を緩めて花を振り返った。
「とすると、今日は『ご馳走』ですか」
「はい。」
「本当にあなたのところは祭りが多い」
「楽しいからいいでしょう?」
こちらでまつり、と言えば高いところにまします誰かと直結している。花の馴染んだふわふわした空気とは違うから、祭と説明するとまだけげんな表情をされる。でも、そうしていながら今日のひなまつりも、「ご馳走」を作る花をみな助けてくれた。もしかしたら自分はことあるごとに「ご馳走」を作る、たいそう食いしん坊の妻と認識されているかもしれなかった。
花は公瑾と並んで人形を眺めた。公瑾に似せて顔を描いたつもりだが、こうしてみるとまるで似ていない。
「小さい頃、おひなさまってかわいそうって思ってたんですよ」
公瑾が片眉を上げて、促すように花を見た。
「この服って、ほんとうはもっと豪華で何重にも重ねて、とても長く裾を引くような、わたしがふだん着ているようなものじゃないんです。ずっとずっと昔の、それこそ生まれた時から嫁ぐ先が決まっているような高貴なお方、なんだそうです。まして人形でしょう? 作った時から、相手が決まっているのって、かわいそうだなって」
「面白いことを考えますね」
「子どもの考えることですよねえ。」
改めて口にすると恥ずかしい。ふたりで居る幸せはそんなものじゃないと知った今があって、なおさら。
「とにかく、明日の朝には片付けますから。それまでは飾らせてくださいね」
公瑾がけげんな顔をした。
「もう片付けるのですか?」
「はい。昼まで飾っておいたらお嫁さんになれないって言われてるから」
夫が可笑しそうに短く声を上げて笑った。
「あなたは、このわたしの妻になっておいてまだ妻の座を望みますか」
口元に陰りは無かった。だから花も笑った。
「違いますよ。もう他の誰かのお嫁さんにならないためです」
よくできましたというように彼が微笑んで、花の頬に唇を寄せた。
(2014.3.12)
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