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とある地方都市の、現代パラレルです。高校生な花ちゃんと。
ここへ来るときは必ず、ひとつ手前の停留所でバスを降りる。左側に山を見ながら大きくカーブした幹線道路を歩いていくと、川向こうに家並みが見えてくる。艶やかな黒い瓦屋根がリズミカルに並ぶ町屋は、この街のとっておきの観光資源だ。映画のセットに似て、それほどの作り物感もない。確かに、あそこには人が住んでいる。
公瑾は目を細めた。春になりかけた日差しは眩しい。この街の重い冬の隙間から忍び込んでくる春が、しかし彼は好きではなかった。古風な作りに掛け替えられた橋のそこここでカメラを構えている観光客の間を縫うように歩く。その橋の中程で、足が止まった。
目指す家並みの前を高校生がふたり、歩いている。徒歩の女子高生と並び、自転車を押して歩く男子高生は、傍目には同じ高校に通う仲むつまじい間柄に見える。公瑾はゆるりと唇を引き結び、足を早めた。
橋から川縁に直接降りる階段を、一段飛ばしで降りる。ふたりは家の前に立ち止まって、まだ話をしていた。輝く笑顔の女子高生と、控えめに笑う男子高生は、柔らかく揺れる芽吹いたばかりの柳ごしには、きっとポスターのように見えるのだろう。――春、そのままの景色。
「花」
慎重に呼ぶと、女子高生は目を丸くして公瑾を見上げた。
「公瑾さん! 早かったんですね」
「あなたこそ、学校から帰るにしては遅いのではないですか?」
遊んでいたのではないでしょうねという問いかけを込めて花と男子学生を交互に見ると、涼しげな目元の彼はきっ、と公瑾を見返した。花が憤然とした表情で胸を張る。
「もう二年生も終わりだし、クラス替えでしょう? 最後の日にみんなでカラオケにでも行こうって相談してたんです。クラス委員の最後の仕事です」
「それは大事な仕事だ」
ひっそり揶揄を込めて言うと、花は真面目な顔で頷いた。その後ろで、男子学生はさらに眼差しをきつくした。彼は聡い。何度か会った印象から公瑾はそう思う。
その彼は、公瑾から目をそらし、花を見た。
「では、花。俺はこれで」
「うん、また明日ね、子龍くん」
手を振る花にかすかに笑い返し、彼は自転車に乗って走り去った。公瑾は花の横に立った。花がこちらを見上げてくる。
「今日はどうしたんですか? いつもの日と違いますよね」
公瑾が、突然天涯孤独になった遠縁の娘の後見となって3年、この家に来るのはいつも同じ日だ。学校生活の報告を聞くためで、本来ならこんなことをするつもりはない。金銭的なことは有能な弁護士に任せているし、この家には最新のセキュリティを施している。しかし、それだけではどうも心許なかった。
こんな暮らしをさせておくことにはまだ心外だ。女子高生のひとり暮らしなどもってのほか、ともに暮らすべきだと強硬に言った公瑾だったが、この家を離れたくないと泣いた彼女を言いくるめられなかった。まったく、不思議なことだ。その後も説得のために通うつもりが、ただ報告を受ける立場になってしまっている。
「新年度になったら、三者面談などあるのでしょう? あなたにも色々と考えていることがあるでしょうから、その打ち合わせです。」
「色々と?」
「あなた自身の進路です。」
「ああ」
花は、両手を打ち合わせた。
「さっき、子龍くんとも色々、話してたんです。子龍くんってすごくしっかりしてるから、話を聞いているだけで勉強になりました」
「話を聞くだけで合格するわけがないでしょう。ちゃんと考えているのですか」
「考えてます!」
花は手にした鞄をぐいと振った。乱暴な手つきで鍵を取り出す。似合わない皺を眉間に刻んだ表情のまま、彼女は公瑾を振り返った。
「どうぞ!」
「お邪魔します」
微笑んで言うと、花は少し唇を尖らせたがすぐ小さな息をついて家に入った。あとに続きながら、ふいに目が眩む。明るい場所から暗いところに入ったせいだと思いたかったが、そんなことはもうとうの昔に慣れたことだった。
彼女はあのとき、ここを自分たちの家だと言った。突然失った父母の匂いが染みついた家を離れたくないと言って泣いた。
あなたがどういう進路を思い描いているか、知っている。そこに向かうためにはこの家を出て行く可能性が高いことも。あなたもよく分かっているのだ、この家にはもうあなたの匂いしかないと。玄関に置かれた猫のぬいぐるみ、取り込み忘れたタオルの柄、鴨居にかかった、そろそろ仕舞われるはずの冬コート。そのどれもが、あなただけだ。
公瑾はゆっくり靴を脱ぐと、彼女の靴と自分のそれを家族のように並べた。そして、花に呼ばれるまでそれを見ていた。
(2014.3.21)
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