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とある地方都市の、現代パラレルです。女子高生な花ちゃんと。
この川縁の道を歩いていると、自然に鼻歌が出る。川沿いの道は石畳ふうに整備されたばかりで、開放感にあふれていた。観光地のせいもあるだろう、居住地であってそうでないようなふわふわした感じが好きだ。
ざらざらとうるさいようにしなる柳並木は、ようやくぼんやりと緑になった。今年は雪が少なかったから、観光客も安心して道を歩けただろう。彼らはわがままだ。交通機関の乱れを気にする割に風情などというはっきりしないものを求めて、雪が降っていなければいないで文句を言う。
目指す家が目に入ったところで、鼻歌が止まった。彼女と話していた男が敏感にこちらを見て、笑う。それにつられて彼女がこちらを見た。孟徳は大股にふたりに近づいた。
「やあ、花ちゃん」
「こんにちわ、孟徳さん。」
「どうも」
軽い挨拶をしてくる男を軽く睨む。
「ああそうか、大学生は春休みだっけ。」
「ええ。おかげさまで、バイトに精を出しています」
亮、という名の彼女の幼なじみは、あっけらかんと笑った。花が孟徳に包みを差し出す。
「亮くんのお土産なんです。あとで一緒に食べましょうね、孟徳さん」
ひょいと亮が横から花の肩に手を置いた。
「うまい饅頭だけどね、花は食べ過ぎちゃ駄目だよ。」
「そんな、食べ過ぎないよ。ちゃんと友だちに分けるもん」
「彩ちゃんとかなちゃんにぜんぶ取られないようにね」
「そこまでトロくないよ!」
可愛らしく憤然とする花に笑い、孟徳には会釈をして亮はきびすを返した。隣家に入っていく。
ああ、うるさかったと孟徳は思った。どんなうまい饅頭か知らないが、花に食べさせるくらいなら自分がすべて食べるべきだ。彼女が、食べられなかったと亮にねだることはないと踏んでのことだ。孟徳は花に向き直った。
「久しぶりだね、花ちゃん」
「久しぶりって、二週間くらいですよ」
ころころと花が笑う。孟徳は大げさに肩をすくめた。
「でも、そのあいだに大雪とかあったじゃない。通学、大丈夫だった?」
花は頷いた。
「バス通りまですぐですから、なんとか。孟徳さんこそ、大丈夫でしたか? 家って、丘の上じゃないですか」
「まあね、腰が痛くなっちゃったよ」
わざと大げさに顔をしかめると、花が笑った。
「じゃあ温泉に行かないと」
「一緒に行こうか」
花はさらに笑い転げた。そうしながら、玄関を開ける。どうぞ、とすすめられるまま、戸をくぐった。冷たい土間の匂いが彼を包む。
何度、この玄関を通っただろう。旧友の忘れ形見を託されて以来、五年が経っている。最初は腕のいい弁護士を紹介するだけのつもりだった彼女に、気づけばむかし馴染みの女さえ動員して、色々と世話を焼いている。進路指導や三者面談にもしゃしゃり出るせいで、孟徳は、花の学校で大人気だ。
ちょっと前なら、こういうのを、女を世話していると言ったんだろうなと思う。彼は古いつきあいのある女を思った。ともすれば浮き世離れして見えるほどおっとりした話し方をする彼女はその実、とても細やかな気遣いをする女だった。その彼女は近頃、孟徳の花に対する態度をやんわりと諫める言い方をする。そのたびに、自分は花から信頼しか得ていないと反論する。それが強がりに聞こえるのは、きっと彼女も感じているだろう。
花が、台所からひょいと顔を出した。
「孟徳さん、今日は夕ご飯を食べて行けそうですか?」
「もちろんだよー」
「じゃあ、作りますね」
黒猫柄のエプロンを手にして、花が笑った。
孟徳は居間に入った。いかにも女子高生が好みそうな、ピンクとチョコレート色の模様がついたクッションが、目つきの悪いペンギンのぬいぐるみと一緒に、古びた居間に無造作に転がっている。彼はコートを脱ぐと、ペンギンの腹を枕にして居間に寝転んだ。彼女の髪の匂いがする。彼女の肌を知らないのに、そんなささいなことばかり数える。
炊飯器のスイッチが入った音がした。今日の献立は何だろう。まるで家族のようなこの距離を、いつか彼女に問い詰めたい。孟徳は目を閉じたまま、強いてうすく笑った。
(20140322)
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