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公瑾は苦笑して簡を置いた。
細い簡の横幅いっぱいに書かれた幼い字は、娘のものだ。げんきです、と勢いだけは一人前だ。もうひとつの簡には、これよりはもう少し達者な息子の字で、公瑾を案じる言葉が書かれている。父に宛てたものというより公瑾に提出する簡といった雰囲気だ。肝心の妻からは、ご無事のお帰りをお待ちしていますと、これまた簡潔な文である。十日ばかりの遠出にふさわしい素っ気なさだ。おそらく、子らが文を出したいとせがんだのだろう。その墨痕に指先を置く。
「寂しいですね」
口に出すと余計につまらなく思え、彼は頬杖をついた。
むろん、こんなことを考えている場合ではない。今日は新造船が出来上がってくる。現場の指揮は公瑾の手を離れて久しいが、最終的にやはり目を通したい。
続くか分からぬ世の均衡を、己自身でいつまでも見ていられるはずもないし、もうそろそろけむたがられる年齢かもしれない。いつまでも若いと褒めてくれるのは妻と世辞の好きな者だけだし、前者でなければ聞く気もしない。
公瑾は一息ついて簡を手巾にくるんだ。座して考えていても仕方がない。ひとは世が育て、また棄てるものだ。
簡を納めた胸元を撫でる。妻と子らの待つ場所に戻るまで、少しの辛抱だ。そう思い、彼は可笑しくなった。以前なら、離れている時に花がどうにかなっていないかと、それこそ夢に見るほど心配した。だが今は、花や、その子らがあの場所に居ることを当たり前と思っている。何の危険が減ったわけでもないのに。
これが、最初の子を産んだ時に花が言っていたことなのだろうか。ようやく、公瑾さんの生きる環に入った気がしますと涙を見せた彼女に、常になく返す言葉が見当たらなかった。その実感に追いついたということなのか。
天幕の入り口から声を掛けられて、公瑾は立ち上がった。刻限だ。幕を上げて外に出ると、待っていたような早さで雲が晴れていく。常になく陽が眩しい。いつもこうだ。花のこころにたどり着いたと思う時、光はいつも明快で身を洗う。
彼が笑ったのを、先導していた兵が見とがめて振り向く。それへ片手を振ると、彼はもういちど胸元を撫でた。
(2012.2.14)
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