二次創作。はじめての方はat first はじめに をご一読ください。
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ちっちゃくなった公瑾さんと、おくさまの花ちゃんな話です。
公瑾は、柱の陰からそうっと部屋をのぞき込んだ。
花と、金髪で背の高い男が深刻な顔で向き合っていて、公瑾は割って入るのをためらった。
「ホントに病なのかよ…」
金髪のほうが眉をひそめ、花が小さく頭を下げた。
「ごめんなさい。公瑾さんが出てこられればいいんだけど、ちょっと」
「いや、いい。無理することはねえ」
乱暴な口の利きように、公瑾は唇を尖らせた。花はこの屋敷の女あるじらしいのに、その人物に対して何という言い方だ。
「しかしお前、何か隠してねえか?」
男がぐっと花に顔を近づけた。花が小首を傾げる。
「仲謀に相談できることならもちろんそうしてるよ。でも、今回ばっかりは…」
花が済まなそうに眉を下げる。仲謀、と呼ばれた若い男は花から離れ、腕を組んだ。
「ホントだな」
「うん、勿論。」
花が大きく頷く。仲謀もひとつ頷いた。
「なら、いい。…お前が辛気くさいと、公瑾までおっかねえ顔になるからな」
からかうように付け足されたそれに、花の頬が紅くなった。
「そんなに分かりやすくないよ!」
「いーや、分かりやすい。お前たちはほんっとに分かりやすい」
「仲謀ってば!」
花が口を尖らせて睨む。公瑾はさらに口を尖らせた。
(なぜ、あんなに親しそうに)
花には夫がいるらしいのに、なぜああも親しげなのだ。
「まあ、気をつけてやってくれよ。公瑾がただでさえ落ち着きがなくなる頃だしな。」
「…どういうこと?」
花の声が真剣みを帯び、公瑾はどきりとした。仲謀は花を見、小さく息を吐いて自分の髪をかき上げた。
「兄貴の亡くなった日が近いからな。」
「伯符、さんの…」
花が袖を胸に抱き込んで俯く。
「いつもだったら、ちょっと落ち着かなくなるだけで済む。だけど、今年はお前と婚儀を挙げて初めて迎える日だ。」
「…わたし、なにかいけなかったの?」
仲謀は大きく首を横に振った。
「違う。お前がちゃんと公瑾の隣で立ってるからだ。お前がいて嬉しいから、公瑾もいろいろ考えちまうんだろ。」
「いろいろ…」
花が目を彷徨わせた。
「…ね、仲謀」
「ん?」
「考えても考えても答えの出ないことって、仲謀だったらどうする?」
「んなこと、無いだろ」
「あるかもしれなかったら?」
花の剣幕に、仲謀は真剣な表情になった。
「分かるまで考えればいい」
断言する彼に花は考えるふうだったが、少しして安心したように笑った。
「仲謀らしいね」
「ああ。」
「仲謀のそういうところ、大好きだなあ」
惚れ惚れした花の声に、仲謀は途端に真っ赤になった。
「そういうこと軽々しく言うもんじゃねえ」
「軽々しくないよ。ほんとだもん」
「じゃあもっと駄目だ!」
「なんでよー!」
公瑾はそれきり、部屋に背を向けてかけだした。寝床に潜り込んで、息を殺す。
…公瑾さん、と呼ぶ相手はどこにいる。何故、妻を放っておく。妻が夫以外にあんなに親しげにしてはいけないことぐらい、幼くても知っている。
仲謀に向けられる声と笑顔は自分とは違う。まるで妹が兄に向けるようなあたたかい、やさしい笑顔。公瑾はむくりと起き上がった。花の匂いのする枕をぎゅっと抱きしめる。
自分はこの部屋しか知らない。…花しか知らないのに、頼れないのに。公瑾は枕を壁にぶつけた。
花が部屋に戻ると、寝台に丸まった影が見えた。帳をめくりあげ、掛け布の固まりに手を置く。暖かい背が小さく動いた。
「どうしたの?」
すぐに返事は無い。花が重ねて聞くと、掛け布を握りしめている手が動いた。
「あれは、だれですか」
「あれはね、友達。」
「とも…ですか」
「うん。偉そうだけどすごく頼りになるの。」
(あなたが支え、あなたが夢を見、そのあなたの夢を背負って笑っているひと)
「つまがひとりきりでおとこと会うなどもってのほかです」
もそもそと言われ、花は目を見張った。
(あなたは気を許しすぎです)
「…きん、さん」
手が震えた。
泣いてはいけない。この小さい姿も彼だ。ここから戻らないというなら、彼が都督となるまで立派に「時」を守らなければ。花は背に頬を当てた。
「公瑾さん」
背が動く。花は唇だけでまた、公瑾さん、と囁いた。
(わたしの花。わたしの、妻)
丸まっていた彼が動き、掛け布から戸惑った顔が覗いた。
「はな?」
花は急いで目を拭き、微笑んだ。
「ごめんね、ひとりにして」
彼は瞬きして、小さくかぶりを振った。後ろめたそうな顔をしている彼を、花は抱き上げて膝に乗せた。
「ごめんなさい」
「ん?」
「…まくら」
花は瞬きして室内を見回した。彼女の枕が壁際に落ちている。
「どうしたの?」
彼は彼女の胸に顔を押しつけているばかりで、何も言わない。その髪をそっと撫でる。
「あとで、ちゃんと拾ってきてくれる?」
小さな頭が縦に振られた。花は微笑んだ。
「ありがとう。いい子だね」
花の襟元をきつく掴みながらそろそろと上げたまるい頬に花は口づけた。戸惑うように瞳が揺れる。花から口づけるとき、公瑾はいつもこんな惑うような眼差しをした。この姿でも、瞳の色の愛おしさは変わらない。
「…あの」
「なあに?」
「なにかわすれているような気がします」
花は瞬きした。
「そうだね、いちばん大事なことを忘れているかもしれない。」
「なんでしょう」
「あなたの、名前。」
花はゆっくりと言った。いらいらしたような表情が子どもの顔に浮かぶ。
「わたしは、こうきんです。」
「もう一回。」
「わたしは、しゅう、こうきんです!」
叫んだ子の瞳が、ふっと揺れた。焦点がぼやける。
「しゅう…こうきん」
「うん。あなたは、周公瑾。…大事な大事な、公瑾さん」
花は堪えきれなくなった。小さい体を抱きしめる。
「公瑾さん公瑾さん公瑾さん…!」
呟き続ける花の腕を、戸惑ったように幼い手のひらが握りしめていた。
(続。)
(2011.2.28)
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