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「さっき、公陵くんとお父さんが来てくれましたよ」
恋人の声に、公瑾は筆を止めた。花は公瑾から受け取った簡を持ったまま、小首をかしげるようにして彼を見ている。彼は筆を置いた。
「わたしのところにも来ましたが、この部屋にも来たのですか?」
「はい。」
彼女は簡を自分の机に置き、そこにあった見慣れぬ包みを公瑾に差し出した。執務室に戻った時から気になっていたものだ。細長い淡い黄色の、その机にあるにはいかにも華やかな包みは、公瑾が出て行くときにはなかった。
喬姉妹や尚香から、またたいそう不愉快なことに若い官や武人から菓子や茶を贈られることもある娘だ。後者は、「都督」という身分に取り入る者かもしれませんから受け取らぬようにと厳命してからは、伯言や公績といったごく近しい者が寄越すだけになった――ようだ。彼らがだれかから渡されたものを仲介しているという噂があるが、それについてはおいおい追及すると決めている。前者は致し方ない。またあの姉妹ときたら、まるで恋仲であるかのようにきらびやかな包みにすることがあるが、そこでつつくといらぬ騒動になるので我慢している。
「これは?」
「あの子が、お父さんと一緒に選んだんですって。」
花はしごく嬉しそうに包みをあけた。ふわりと盛りの花の香がただよう。
包みには、花の枝が一本、入っていた。濃い霧のような、白よりもなお深い色の長い花びらがついた枝が、傷つかぬように慎重に納められている。根元に淡い紅の細い布が不器用に巻いてあった。
「きれい!」
花は、慎重な手つきで花を取り出した。
「このお花って珍しいものですか?」
「いえ、このあたりではよく見るものと思います」
「そうなんですかあ」
花は愛おしそうにそれをためつすがめつ見ている。そして笑み崩れた。
「こういうのって、いかにも子どもっぽくていいですね!」
「…そうですか」
「さっきも、すごく緊張した感じでわたしに挨拶してくれたんです。もうしわけありませんでした、なんて、子どもがかたくるしい言葉を使うのって可愛いですね~。このあいだは会えなかったからってお父さんもすごく丁寧に謝ってもらっちゃって。お父さんは公瑾さんにそんなに似ていない気がしましたけど、公陵くんは似てますよねーほんと! わたしはこちらこそ申し訳ありません、ってカンジになっちゃって。」
公瑾はことさらにため息をついてみせた。
「まったくですね、わたしはたいそう迷惑をかけられました」
「すみません!」
勢いよく頭をさげた花は、ゆらりとなびいた花弁をあわてて手のひらでかばうようにした。
「まあ、あなたも迷惑をかけられたといえばそうなるのでしょうかね?」
「もうそれはいいです、もうやめましょう」
口早に言う彼女に、公瑾はにこりとわざとらしく笑ってみせた。近頃彼女は、自分の表情をよく読んでいる。こちらの気分やその理由は分からないまでも、自分がふと浮き立っている気持ちや、えも言われぬいらだちを感じ取るようだ。
思ったとおり、花は視線を泳がせた。しかしすぐ、手に持った花を見て顔をなごませた。
「これのお返しってどうしたらいいでしょうね?」
「あちらが詫びとして持ってきたのですから、返礼はおかしいでしょう」
「うーん、じゃあ、今度会ったときに何かあげようかな。それならいいですか?」
「…どうあってもあの子どもに何かあげたいのですね」
「さっき来たときは大喬さんにもらった焼き菓子をあげたんです。それですごく嬉しそうにしたので、こっちも嬉しくなっちゃって」
わたしはしばらく許す気はない、と公瑾はまた思いを新たにした。そうして、笑ってみせた。
「まあ、わたしとしては、婚姻前から一族と仲良くしていただけるのは心強いですよ」
花は、異国の言葉を聞いたかのようにきょとんと公瑾を見返した。徐々に顔が赤らんでくるのを楽しむ。
「こ、こんいん」
「おや、忘れていましたか?」
「忘れているわけありません!」
勢いで言ったのだろう、思い至って真っ赤になる表情をとっくりと眺める。
「それは良かった」
花はしばらく唇を尖らして公瑾を見ていたが、貰ったそれをゆっくり包み直した。胸に抱くのを見てつと目を逸らす。
「隣室に置きませんか。ずいぶんと香りが強い」
花は大きく瞬きした。
「そうですね、ここはお仕事の場ですもん。いま置いてきます!」
小さい足音が横を通り抜ける。あの香りが住み着いたろうやわらかい胸元を思うと穏やかでなかったが、着替えさせる口実も思いつかない。生花であったことを幸いとすべきか。
近いうちに、あの花が盛りの場所を案内しよう。そこで琵琶でも弾いたなら、あの香りが思い出すものがわたしになる。公瑾は筆を持ち、執務を再開した。筆の流れは今度は途切れなかった。
(2012.10.19)
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