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公瑾さんと花ちゃん。婚儀後です。おりきゃら居ます。
花は、ふと顔を上げた。自分の傍らで同じように針を運んでいたはずの侍女の手が止まっている。花の視線を感じたのだろう、侍女が振り返り、申し訳なさそうに身を縮めた。
「申し訳ございません、花さま」
本来、花はこの邸では奥方様と呼ばれる身分だ。しかしどうしても落ち着かないので、何度お願いしても呼び方を曲げない年かさの侍女以外は花さま、という呼び方で許してもらっている。
「どうしたんですか?」
侍女はふと言いよどむように視線を泳がせたが、僅かに目を伏せた。
「あの、ご主人さまがあちらにおられます」
花は視線を巡らした。
彼女たちがいま居るこの部屋からは、庭がよく見える。と言っても、夫婦の居室から見える、贅をこらした庭ではない。四季につれ花々がささやかな彩りを添えるような、ごく身内の庭だ。そんな小さな空間でも公瑾の邸うちだけあってどこかなまめかしい。花はここから見る景色も好きだった。あちらで暮らした家の、猫の額ほどの庭を思い出す。母がプランターで作っていた呪文のような名前の花々を夢に見る。
侍女が示した先に、公瑾が座っていた。この部屋からは柱一本しか見えない東屋のうちで、何か読んでいるようだ。
休みなのだからゆっくりしていればいいと思うのに、公瑾はぼうっとしていることがない。大概、簡か譜を読んでいる。これでも気分転換をしているのですよと夫が笑うから、花は信用することにしている。
「あんなところで何をしてるのかな。部屋にいたはずなのに。」
「うるさくお思いでしょうか」
本心から怯えたふうで、少女のような侍女が首を竦めた。花がこの邸にやってくる時に雇われたという彼女は、侍女頭に叱られて泣き顔のことも多いけれど、自分よりはずっとしっかりしていると花は思う。
「よい空ですもの」
朗らかにもうひとりの侍女が言った。
「冬の前というのに、こんなあたたかくて。ご主人様も陽気にさそわれたのではありませんか?」
侍女頭がいれば確実にたしなめられたろう物言いに、花は思わず笑ってしまった。
武であるじに仕える公瑾にとって天候はまさに生き死にに関わる問題だ。でも休日にはただ天気がいいからという理由で、東屋に出てもいいではないか。むしろ、そうしてほしい。
「きっとそうですねえ」
花が言うと、侍女が安心したように笑みを見せた。花は公瑾の後ろ姿に目をこらした。くつろいだ衣に上掛けは羽織っているようだが、この季節にしては薄着のような気がする。
「公瑾さん、寒くないかな?」
「まあ、では早く仕上げてしまわなくてはなりませんわね」
心配そうに侍女が言った。
針仕事はまだ慣れない。でも、公瑾の新しい冬用の外套を縫ってみたいと思った。もちろん、出入りの職人にやってもらったほうがよいものができるし対価を支払うだけの財もある。ただ花は、こちらの当たり前の娘がするように、思いを込めたかった。自分よりも側に居ることの多いこの衣が、せめてひとしずくなりと憂鬱を防いでくれるように願ってみたかった。だから使用人たちが総出で冬支度をするその傍らで、侍女ふたりに手伝ってもらい、部屋にこもっている。ひっそりとやっているつもりだが、城下の新しい店の噂や出入りする商人の品定めに忙しかったのも本当だ。
「ご主人様は、花さまがこれを仕立てているのをご存じでいらっしゃるのですか?」
「うーん」
花は首を傾げた。
「言ってはいないですけど、きっと知ってますよ。」
それでも受け取るまでは素知らぬ顔をしてくれるだろう。そういうふりは実に上手なのだ、あのひとは。
「まあとにかく、できあがる早さで公瑾さんを驚かせましょう」
いちばん遅い自分が何を言うかと思ったが、侍女たちが礼儀正しく微笑んでくれたので胸をなで下ろす。花は針目に目を落とした。
ぶ厚くて縫いにくい布をひとつひとつ繕っていくと、あのひとのかたちができる。これを着せかけるときは、隣で自分もじゃあ行きましょうと笑い、あのひとも微笑を返してくれるだろう。それを疑わない自分はとても幼い気がしたけれど、繰り返しそれを夢見るたびに体中に満ちるものがある。
背を伸ばして布を持ち直す、その横顔を白い秋の日が縁取っていた。
(2013.10.6)
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