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☆ご注意ください☆
この「幻灯」カテゴリは、chickpea(恋戦記サーチさまより検索ください)のcicer様が書かれた、『花文若』という設定をお借りして書かせていただいているtextです。
掲載に許可をくださったcicer様、ありがとうございました。
『花文若』は、最初に落ちた場所が文若さんのところ・本は焼失・まったく同じループはない、という超々雑駁設計。 雑駁設定なのは のえる の所為です。
何をよんでもだいじょぶ! という方のみ、続きからどうぞ。
花文若さんと、そして。
衣擦れの音がして、ひっそりした体温が傍らにうずくまった。
「お寒くはございませぬか」
気配と同様、木枯らしのような声に振り返る。古くから側に仕える彼女は文若の陰日向に寄り添い、あるじが不在がちな邸を切り盛りしている。彼女の心持ちの微妙な変化をくみ取るのが得手だ。まるで母のよう、と時々、苦笑を覚える。
「ずいぶん大きな月だから、起きてしまった」
きっといまの自分は、凄いような白い頬が光って見えるだろう。
「いつになく大きく見えます」
怯えた口調の侍女に微笑みかける。
「そうだね。いつの間にか手足が生えて、我々を捕まえて食べてしまいそう」
鏡とうたわれる白銀の面に、いやらしい口がぱっくりと開き、人を飲み込む。阿鼻叫喚さえ残す間もなく、地上は静まりかえるのだ。そうして人々の痕跡もいつか崩れて消えていく。
「まあ」
侍女は弾かれたように月と彼女を交互に見た。そのさまに、小さく声を出して笑う。
「そう驚くものじゃない。子どもの見る夢の話よ」
「それでも、御あるじがおっしゃるとまるで」
侍女は不自然に声を途切れさせた。
「うふふ、まるで?」
「確かなことしかおっしゃいません」
ごく遠回しに非難する彼女の言葉に微笑みだけを返す。
いつか、あなたの袖を掴んで訴えたことがあった…あなたが消えてしまいそうだと、あまりにも幼く、あなたの心を捕らえたいというより、ただ縋りたかった。
あなたの世界に満ちるこの光が、ただ美しいものでありますように。
崩れ落ちそうな心をかき集め、微笑みを作って振り返る。
「お酒をここに持ってきて。ほんとうに少しでいいから」
夢でだけ、泣くために。
侍女は暗がりに下がっていく。
※※※
自身が足を止めると、後ろから付いてきていた衣擦れの音が止まった。
「いかがなさいました」
いや、とも、何ともつかない言葉を口の中でだけ返して、天を見る。雲のひとつもなく、風のかけらもない空に恐ろしいような月だ。よい月夜だ、とは言えなかった。どこか禍々しい気がして口ごもった。あんなに純に煌びやかなものがこの地上にあるはずがない。
「ご主人さま、冷えましょうから」
古くから仕える老家令が、控えめに促す。
「そうだな」
そう返した彼がしかし動かなかったので、老家令はひっそりと柱の影に引き下がった。
こんな月夜を覚えている。いつ、こんな月を見たことがあるか問われれば正確に答えられるだろう。何故かと言えば、こんな夜には見えるのだ。見たことも無い娘が光が凝るというより淡く、霧というよりは確かに立っている。それが己にしか見えないことはすぐに気づいた。自分を映したように沈着冷静な家令が、娘の居る場所に目を向けても何の反応もないからだ。
あの娘は誰だと問う自分と、ああまた会えたと思う自分が居る。危ぶみながら、安堵している。何故かはまったく分からない。知らぬ娘は、己と同じ衣を着てただこちらを見ている。目に何の表情もなくただ、居る。
ほら、今日もそこに居る。光と影の境に、瞬きすれば消えそうな揺らめきでその姿はある。
なぜお前を見るとわたしは落ち着かない気持ちになるのだ。そういう己が不快だ。
彼は強いて視線を外した。歩き出す。振り返れば今度こそ取り返しの付かない夢に填まりそうで、彼は歩みに力を込めた。
(2013.10.1)
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