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花がその生け垣から抜け出した時、目の前にはいちばん意外なひとが立っていた。
公瑾は花を一瞥すると横を向き、深いため息をついた。花は慌ててあたりを見回したが、さっきまで一緒にいた妖精のような姉妹は影も形もない。彼女はおそるおそる彼を見上げ、彼が微動だにしないのを見てその場に正座した。すると彼はさらに大きな息をついた。
「どういうつもりです」
「え?」
まったく、とか何とか言いながら、かがみこんだ公瑾は、花の脇の下に手を入れて引き上げるように立たせた。
「なぜこんなところで座るのです」
「えっと…すみません」
「答えになっていません」
何を言っても怒られそうだったので、花はひたすら肩を竦めた。公瑾は大きな音を立てて袖を払った。
「わたしは、執務の合間をここで過ごそうかと庭に降りてきたところなのですよ。まさかこのような闖入者があろうとは思ってもみませんでした。」
「ごめんなさい」
「詫びとして茶を入れてきてもらえますか」
花はこくこくと頷いた。それくらいで公瑾の怒りがおさまるなら安いものだ。駆け出そうとした花の手を、公瑾が素早く引っ張った。
「お待ちなさい。そんな様子でうろうろされてはたまりません」
花は黙って自分を見下ろした。公瑾は制服にいい顔をしないが、今日はとても暑い。せめて上着だけは長めのものを羽織っている。まるで色の綺麗なコートを羽織っているみたいだと嬉しかったのだが、いま思えば、こっちの丈の長い衣をちゃんと着ていたらこんな目には遭わなかった気もする。
何を言う間もなく、公瑾の手が花の膝と肘のあたりについたままの土埃を払った。力が強めで少し痛いのは文句を言える筋合いではない。彼はそのまま手を引いて、目の前の東屋に花を座らせた。
「公瑾さん?」
彼は何も言わずに花の後ろへ回り、彼女の髪を払った。生け垣の隙間を抜けてきたので葉でも付いていたのかもしれない。次いで、手櫛で髪が梳かれる。それが、さっき土埃を払った時とは違う、まるで玄徳が頭を撫でてくれているかのような優しさで、花はちょっとうっとりした。公瑾は花に触れたがるけれど、頬もよくつねられる。
「あなた、幾つですか」
「え?」
「いい加減、あの姉妹に合わせて遊び回ることはお止めなさい。妙な技を覚えてしまう前に」
「えーと…いつの間にかそこに居たり、とかですか」
「そうです。それで今日は何だったのです」
「尻尾の先が曲がっている猫を見付けて、ああいう猫は倉庫番にいいらしいですよって言ったら、つかまえて公瑾さんに渡そうって言い出して」
髪が一房、強く掴まれて花は顔をしかめた。すぐに指が解ける。
「何のつもりですか」
「さあ…公瑾さんはすごい家のひとだから、宝物がたくさんあるんでしょうか」
「たくさんなんてありませんよ」
素っ気なく言った公瑾の手が離れた。頭に何かが付けられたことが分かる。さぐると、とても柔らかな布に触れた。振り返ると、公瑾が微笑んでいる。珍しい、開けっぴろげに得意げな笑顔だ。
「これであなたも、猫のような真似をしなくなるでしょう」
「なん、ですか、これ」
「あとで鏡でもご覧なさい。さ、茶をいれてきてください」
花は慌てて立ち上がり、東屋を出た。走らない、といういつもの小言が追いかけてくる。
湯を受け取るついでに厨房の水瓶をのぞき込むと、髪には大きな青い花が揺れていた。グラデーションのきれいなそれは、侍女の皆がしているきらきらした細工物よりずっと柔らかくやさしい印象で、花は嬉しくなった。なるほど、これなら姉妹が通れるところなら通れるはずだと無理をしたり、弾んで歩いたりしなくなるに違いない。それに触れると、作りものの花は頷くように揺れた。彼女は茶器を持ち直すと、飾りが揺れないようにゆっくり歩き出した。
(2012.4.1)
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