二次創作。はじめての方はat first はじめに をご一読ください。
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都督リクエスト、第三弾です。
あすあさって、ちょっと忙しそうなので、きょうのうちに更新します。
cicerさま、リクエストありがとうございます。いつも素敵なお話を拝見させていただいている返礼に、すこしでもなればよいのですが。
あすあさって、ちょっと忙しそうなので、きょうのうちに更新します。
cicerさま、リクエストありがとうございます。いつも素敵なお話を拝見させていただいている返礼に、すこしでもなればよいのですが。
いいもの見せてやる、と言ったあるじの表情が楽しそうで、公瑾は意外に思った。以前だったら、嬉しい時はより仏頂面をしたものだ。その変化の一端が自身の妻にあることを鑑みると、不服な気持ちと誇る気持ちのどちらに比重があるのか分かりかねる。これも、珍しいことだ。
仲謀は城の奥にどんどん進んでいく。その方向にある予感を覚え、公瑾が袖を口元にあてると、先を歩いていた仲謀が笑ったようだった。
「警戒すんなよ」
「…仰る意味が分かりません」
「まあ俺も、あいつが言い出すまでは引っかかりがあったんだけどな。あ、それとな、今夜のことは秘密だって言われてるから、お前は知らんぷりしとけ。」
ますます意味が分からない、と公瑾はむっつり黙った。
この土地の長い夏も終わり、季節は冬へ向かっている。城のそこかしこにある中庭でも草の背丈が低くなり、居並ぶ兵の着込む衣も多くなった。その代わりというように、ほんの短い時期だけ咲く小花が、どこからともなく香りをくゆらせている。
夕日はとうに沈み、回廊の柱がまるで閲兵式の兵たちのように濃く見えていた。主殿に近いほうは灯火を絶やさないが、このあたりはずいぶんと外れだから、侍女ならば昼間でもひとりではやってくるまい。それほど、人が近づかぬ場所だ。
「仲謀様」
靴音の合間に低く問いかけると、足を止めずに仲謀は「なんだ」と言った。
「この先に向かわれるおつもりですか」
「そうだ」
「不用心でしょう」
「お前が付いていてか?」
おかしそうに言われて口ごもる。重ねて問おうとした時、何か声が聞こえてきた。思わず足を止めた公瑾を、仲謀は振り返って見た。
「来いよ。お前を試すはずもないだろう」
「無論です。そんな覚えはありません」
僅かのためらいののちに返すと、あるじは楽しそうに笑った。
「よく言うぜ。…ああ、ほら、あれだ」
よく見ると、回廊の影の中には目立たぬように兵が居た。いつも仲謀のかたわらに控える手練れの顔も見える。仲謀が示す先を見て、公瑾は今度こそはっきり息を呑んだ。
他より少し広い中庭には、古い細工の椅子と漆の剥げかけた机が野ざらしになって傾いていた。そこに美しい刺繍の外套が掛けてある。形よく刈り込まれた木が回廊に沿って等間隔に並び、回廊からの無遠慮な視線を隠していた。草むらに広げられた色鮮やかな布が、枝の隙間に差し込まれた紅い提灯に映えている。
庭の中央にある木を見て、彼は目を細めた。こんなにこの木は大きかったかと思うとともに、足が遠のいていた日々が今更のように甦る。
そこに、迎えて半年になる妻と、二喬が座っていた。
花は琵琶を持っていた。どうしてもとねだられて公瑾が与えた、彼女用のものだ。調弦や基本的な音階までは教えたが、それ以後は忙しさにまぎれてきちんと教えていない。それを、決して巧みとは言えない手つきで弾いている。旋律は定まらず、しかしそのたびに姉妹は歌をその揺れに揃えてやっている。ようやく一曲が終わり、花は大きく肩で息をした。小喬が、花の撥を持つ手を軽く撫でた。
「花ちゃん、やっと通しでおさらいできたね」
「どうしてこんな難しい楽器を、公瑾さんは涼しい顔で弾くんでしょうね」
誇るのか妬むのか微妙な花の表情に、姉妹は声を揃えて笑った。
「意地っ張りだからだよー」
「へそまがりだからだよー」
「よし、じゃあ、もう一回! 大喬さんと小喬さんは聞いててくださいね」
はーい、と姉妹の声が仲良く揃う。曲がふたたび、流れ出した。
出て行こうとした公瑾の肩を、仲謀の手が強く掴んだ。
「秘密だって言っただろ。」
「…ここは、伯符の整えた庭です」
「そうだ、兄上が未来の妻のために整えてやった場所だ」
そのひとりはそこにいる。花の前で笑っている。
「なぜ、こんなことを」
「最初に、花と大小を怒らないと約束しろ。」
よろしいでしょうとも、分かりましたとも言いづらく、公瑾はただ黙った。仲謀は大きく息をついた。
「お前がどうしても弾いてくれない曲があると、花が言ってきた。…分かるよな? 兄上の好きだった戯れ歌だ」
この土地の民謡、内容は他愛もない。美しい娘、お前はどこに嫁に行くのだいと聞く男に、あたしをさらってもくれないあんたのところじゃないわと返す女。酔いが回って機嫌が良くなった伯符が必ず、口ずさむ歌だった。二喬を手に入れた男の歌ではないだろうと公瑾が言っても、彼は繰り返し歌った。
「侍女が洗濯する時に歌っていて、可愛いからとお前にねだったんだってな? でもお前は、そんな歌は自分の妻に似合わないと、さらって欲しい男でも居るのかとごねた、と花がふくれっ面で言ってたぜ。」
「余計な、ことを、お耳に」
「それでな」
仲謀は公瑾が動かないと、動けないと分かったのだろう、肩から手を外した。
「俺が大小を呼んだんだ。あいつらは花が弾いてくれるならいい、と言った。花なら、笑う景色に変えてくれるからと。それで、猛特訓中だって訳だ。」
公瑾は握りしめていた手を意識して広げた。
「…何のためです」
仲謀は静かに言った。
「なあ、俺たちは、兄上の理想を、夢を引き継いだ。もちろん、そのままのかたちじゃない。…でも、兄上が愛してた優しいものや他愛ないものからは目を背けてた気がする。…そりゃあそうだよな、理想とか志には直接関係ないもんな。むしろ、辛くなるばっかりで」
仲謀は深く息をついた。
「でも花は、お前とどこまでも居たいと言ってた」
公瑾は目を見開いた。
「兄上が俺やお前、あいつら姉妹に大事なのは分かるけれども、自分もそこに居たいんだと公瑾に分かって欲しいってよ。嫉妬してんのかと言ったらそうかもしれないって泣きそうだった。お前に悪い、ごめんなさいって俺に謝って。…ったく、なんで俺がお前にこんなこと! いいか、夫婦の問題は夫婦で解決しろ!」
慌てたような口ぶりに戻り、それでも声を潜めて言い放つと、仲謀はくるりと身を返した。慌てて振り向くと、礼を取る間さえなくあるじの金の髪が闇に溶ける。
たどたどしい音が背後から聞こえる。自分ならもっとあっさりと弾くものを、花の音色はとても愛らしく、正直だ。拗ねる娘の本心がまっすぐぶつかってくる。
「…あたしを、さらっても、くれない」
呟く頬が熱い。
公瑾は振り向いた。あどけない歌を声を揃えて歌う娘たちが、ふいにぼやけて見えた。
どんな恋をするのか知る由もなく亡くなった友の傍らで、自分もあんな顔で笑っていたのだろうか。
公瑾は踵を返した。内緒だと言ったあるじの顔を立てるのだと自分に言い聞かせる。もう僅かでも聞いてしまったら、少年の頃のように駆け出して、妻を、そしてあの日々の忘れ形見たちを抱きしめてしまう気がした。彼はひっそりと袖で口元を覆った。
あの歌の娘は、最後に折れるのだ。繰り返し懇願する男に、次の満月に一緒に船を出しましょうと返すのだ。
「…まったく、あなたたちは」
それが、幼い友に対してなのか妻に対してなのか分からぬままに、公瑾の口元の笑みはいつしか深くなっていた。
(2010.8.4)
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