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二次創作。はじめての方はat first はじめに をご一読ください。
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 公瑾さんと花ちゃんのお子さん話(視点)であります。
 
 


 
 
 
 羽を器用に使って、柳の枝をつつくように空中で止まっている鳥をわたしは指さした。羽がとてもきれいな緑だ。
 「兄様、きれいな鳥。」
 わたしが手を引くと、兄様は振り返りもせずに「まっすぐ歩けよ」と言った。わたしは口を尖らせた。
 「…兄様、父様みたい」
 兄様は振り返り、わたしをじっと見た。
 「母様はいつも訓練からお帰りになる父様を迎えに行く。けれど今日は父様のお帰りが遅くなると屋敷に連絡が入ったのだから、我らが母様を迎えねばならない」
 きちきちと話す兄様を、わたしはため息をついて見た。
 「父様はいつお帰りだって言ったの?」
 兄様はわたしから目を逸らして道の向こうに少しだけ見える川を眼を細くして見つめた。そういう顔をすると父様と似ている、と母様がよく言う表情だ。
 「分からない。水軍の調練が長引いているらしい。嵐になるからちょうどよいのだそうだ。」
 「嵐になるからいい、って、変なの。」
 「敵の不意を突くには最適だ。」
 いつからか、兄様はこんな話ばかりが多くなった。わたしの好きな花も鳥もきれいな楽器の話もきちんと聞いてはくれるけれど、たとえ遠乗りに行っても黙って景色を見ていたり地図ばかり見ていることが多い。
 父様はたいへん偉い方なのだからきちんとなさいませと、最近とくに皆から言われるようになった。楽器も礼儀作法も裁縫も勉学もみな。わたしがいま言われ始めたのだから、兄様はもっと前から言われているに違いない。そのせいだろうか。
 「兄様は、ずっとそんなお話ばかりね」
 今日は、その兄様から誘ってくれたから嬉しくてついてきたのに、とわたしは不満に思った。兄様はむっつりとわたしの顔を見た。
 「…皆に、言われるからな。」
 「わたしも言われるわ。父様は何でもおできになりますよ、って」
 「ずるいと思わないか」
 「思うわ。父様はわたしたちよりずっと大人だもの。できることが多くて当たり前よ」
 兄様はちらと笑った。
 「そうだよな。…でも、母様だけは俺たちに言わないだろう?」
 わたしは瞬きして首をかしげた。
 「そう…かもしれない。」
 「かもしれない、でなくて、そうなんだ。母様は少しもせかすようなことを言わない。」
 わたしはぼんやりと揺れる柳を見つめた。
 「…ねえ兄様。父様もせかしているかしら」
 「父様はせかさないから怖いんじゃないか。」
 そわそわと言う兄様に、わたしは頷いた。
 「そうね。同じ刺繍を差し上げるときも、父様と母様では違うわ。父様だって、よくできていますね、と褒めてくださるけど」
 「母様みたいに手放しでほめて父様に見せびらかしに行ったりしないな」
 「…そういえば、母様は言われたことがないのかな。父様のお嫁さまなのだから何でもできなくてはいけません、って」
 兄様は瞬きして、眩しそうに目を細めた。わたしたちには生まれた時から父様は父様で母様は母様だから何となく想像しにくいけれど、父様と母様にだって婚儀を挙げる前、というものがあるはずだ。さらには子どもの時も。
 「そういえば、父様がしょっちゅう、落ち着きがないとか注意してる」
 「でも母様は笑っているだけだわ。…ねえ兄様、そうしていればいいんじゃない?」
 「どういうことだ」
 「できるようになるまで、笑っているの。兄様だって、いま、軍議や朝議に出て意見を求められているわけではないでしょう?」
 「そうだが、いつも言われると気になる。」
 「わたしだって気にするよ。でも母様は、落ち着きがないとか言われるあれは父様の口癖なの、って言うよ。」
 兄様はまるで父様のように苦笑した。
 「口癖、か。」
 「…いま思ったけれど、母様って凄い人なんじゃない?」
 何でもできる父様の奥方で、でもそのことを少しも気に掛けるでなく、御用繁多な父様のお帰りが遅いと言っては天気を心配し、軍人の父様が僅かでも怪我をすれば真っ青になる母様。
 「今頃気付いたのか。」
 兄様はあきれたように腰に手を当てた。父様そっくり、と思う。それから、くすりと笑った。
 「お前に見せてやりたかったな。このあいだ、父様に第二夫人を勧めに来た豪族がいてさ。子が俺やお前だけではさびしいだろう、と言うんだ」
 「今更だし、大きなお世話ね。斬ってやればよかったのに」
 「お前、父様みたいなこと言うなよ。」
 「父様がそう言ったの?」
 「そいつが行ってからな。ああいう手合いをすぐに斬れれば楽でいいのですがね、って。お前もゆめ心しなさい、母様を貶めるような手合いには心を許さぬように、ってさ。」
 「すぐに斬れないのが大人なのね?」
 「そういうことらしい」
 兄様は長々とため息をついた。わたしも真似をした。
 「やっぱり母様って凄いわ。わたしも母様みたいになろう!」
 「父様の小言を毎日聞きたいのか」
 「…それは嫌」
 「じゃあ頑張れ」
 「じゃあ兄様も頑張りなさいよ。」
 兄様は口をつぐんでふてくされたように腕を組んだ。
 「最初に戻ったな。」
 「ふほんいだわ」
 わたしは最近覚えた言葉を使って、ため息をついた。兄様の手を取る。
 「とりあえず、母様を迎えに行かなくちゃ。母様を守らないと父様が怒るわ」
 兄様は何も言わずに小刻みに頷いた。わたしはそんな兄様をつくづくと眺めた。
 「ねえ兄様。父様の真似をいくらしてもいいけど、笑うときに外套で口元を隠すのは兄様に似合わないわよ」
 兄様は顔を真っ赤にして棒立ちになった。
 「なんで知ってる!?」
 「鏡の前で真似してたじゃない。父様は都合が悪くなるとああするのよ、って母様が言っていたから、やめたほうがいいんじゃない?」
 「…大人っぽくて格好いいと思ったのに…」
 ぶつぶつ言う兄様を引っ張って歩く。そのとき、兄様が表情を明るくした。
 「母様と陸将軍だ」
 陸将軍の馬に乗った母様が、こちらに気づいて笑った。父様と揃いの外套で、母様のものにだけ赤い花が刺繍してある。わたしたちが駆け寄ると、陸将軍が快活に笑った。
 「やあ、小さい護衛が来た」
 兄様がむっとする。そういう顔をするから、まだ子どもだと思われるのよと言いかけ、止めた。わたしも兄様も子どもなのにはかわりがない。陸将軍は母様を手伝って馬から下ろした。母様は兄様を、ついでわたしをぎゅっと抱いて笑った。
 「伯言さんに聞いて、戻ってきたの。」
 将軍は面白そうに笑った。
 「花殿にかかっては、都督もまるでこのお子たちのようですね。迎えに出なければならない」
 将軍のからかいは明るくて腹が立たない。でも兄様は将軍にぴしりと礼をした。
 「ありがとうございます、将軍」
 「いやいや。では、あとは任せましたよ」
 「はい」
 兄様は母様の手をきつく握った。陸将軍は馬を走らせてすぐに見えなくなった。
 「母様。こういう連絡の行き違いがあるから、屋敷に居て下さいと父様も常々申しています」
 せいぜい偉そうに兄様が言った。母様は軽く苦笑した。
 「そうだね。でもわたしが公瑾さんを迎えに行くのは約束なの。公瑾さんが無事で帰ってくる、その約束を忘れさせないために行くのだから、いいのよ」
 考え深げな顔で黙った兄様を押しのけ、わたしは母様に笑いかけた。
 「帰りましょう母様。わたしの機織りを見てくださるのでしょう?」
 「わたしの剣の稽古を見て下さるのが先だ」
 「はいはい。じゃあ、帰りましょう」
 父様が独り占めしたがる母様の手は小さいけれどとても温かい。
 母様の師匠がおいでになる時は機嫌の悪い父様。わたしたちがねだるより母様のおねだりに負けて琵琶を弾くことが多い父様。でも母様の具合が悪いときは早くお帰りになる父様。
 母様の朗らかな横顔を見つめ、わたしは大股に歩き出した。
 
 
 
(2011.3.20)

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