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二次創作。はじめての方はat first はじめに をご一読ください。
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 文若さんと、花ちゃんです。
 「忘らるまじき」の続編…であります。
 
 


 
 
 
 寛ぐ時に文若が好む、着慣らした濃い茶の上衣を着せかけると夫の肩がゆるりと下がった。彼がわずかに振り返って微笑んだ。
 「ありがとう」
 久しぶりに聞く文若の声に、花はまた涙が零れそうになった。
 何か難しい税のことで夫はしばらく北へ出かけていた。婚儀を挙げてから離れるのは初めてで、半月程度だったが花にはずいぶん長く感じた。文若の衣を引っ張り出してこっそり寝間着にしてみたり、彼の書いた簡を探して眺めてみたり、細々とした彼の記憶を辿って、本当にうつうつと過ごしていた。元の世界と違い頻繁に連絡が取れるわけではないし、手紙とて出したところで本人に追い越されてしまうからと、行く前に念を押されている。…その上。
 花は唇を噛んだ。文若に話さなければならないことを何日も前から考えていたが、本当に身が強ばる。しかし、友人に言われたことももっともと思えたので、何度も心の中で台詞を練習した。
 「花」
 静かに名を呼ばれ、抱きしめられる。湯をつかった彼は柔らかに暖かくて、このまま腕の中で眠ってしまいたい。
 「文若さん。…あの、お話があるんです」
 身を離した文若を、花は見つめた。彼の表情は落ち着いていた。
 「家令からは、特に何もなかったと報告を受けているが」
 「それは、わたしを気遣ってくれたからです。」
 「では、何があった?」
 「わたしの…わたしの友達だというひとが尋ねて来ました」
 文若の眉間が、ぐっと寄った。
 「真実、お前の友であったのか? …いや、そうではないな? そうであればお前がそうも楽しまぬ顔をしているはずがない。騙りであったか」
 「はい。全然知らない女の人でした。家令さんが後を付けさせて、どこの誰かを聞き込んでくれましたけど、全然行ったことのない土地でしたから。」
 文若が小さく頷く。ここからが本当に言わなければならないことだ。花は僅かに背を伸ばした。
 「わたし、怖くなって、子建さんに相談しに行きました」
 文若の肩が上がり、ゆっくりと落ちた。花は頭を下げた。
 「ごめんなさい。文若さんの留守中だからって出仕もお休みさせてもらってたのに、他の男の人のところへ行ってしまって…遊びに行った訳ではないんですけど、こういうことって良くないことですよね? 変な噂になるって…」
 …怖い。
 怖くて、顔を上げられない。
 文若は、物事の筋を通すことに重きを置くひとだ。花がただ思い立ってしてしまったことを、いままで何度、質されたか分からない。説明に筋が通っていれば許してくれるが、それも仕事の上でのことだ。
 彼女の頭上で、文若がゆっくり息を吐くのが分かった。
 「頭を上げなさい、花」
 その声は怒っていないように聞こえたけれど、すぐには動けなかった。すると、文若が肩を掴んで花をまた抱き寄せた。
 「文若、さん」
 「お前のほうから言ってくれて良かった。」
 囁きに、花は目を丸くした。夫がまた、長い息を吐いた。
 「世の中には要らぬお節介をする者がいてな。丞相へ帰着の挨拶に行く途中、待ちかねたように掴まえられた。」
 花は耳を塞ぎたいのを我慢した。そのひとが何を文若に吹き込んだかと思うと消えて無くなってしまいたい。しかし、すべて自分がやったことだ。花は身を縮めた。
 「ごめんなさい…!」
 「実は、丞相から説明を受けた。」
 思いがけない人の名を聞いて、花は瞬きした。
 「孟徳さんが?」
 「丞相は相変わらずお前のことになると過保護でならん。しかし、今回ばかりは感謝しておいた。」
 どこか不遜な物言いに、そんな場合ではないと思うのに、花は微笑ってしまった。
 「文若さんってば」
 抱きしめている腕に力が入る。
 「今回のことでお前を咎めはせぬ。お前の不安はよく分かる。あの『本』がなくても、もしお前が消えたりしたらと思うと、わたしでさえ…わたしでさえ」
 背骨がきしむかと思うほどの力で抱きしめられる。
 「ごめんなさ、い」
 「もういい、分かっている。お前は二度とこういう真似をせぬだろう?」
 「はい!」
 頷きたくても、彼の力が強くてできない。だから花は精一杯返事をした。耳元で夫が笑う。花はようやく、文若を抱きしめ返した。
 安堵で躰が溶け出しそうだ。
 夫婦、というものはやはり友と違う。こんな気持ちは知らない。安心より熱くて、恋よりまろやかな、眩むような絶望と噛みしめる光が交互にやってくる。
 文若は先程より寛いだ声で囁いた。
 「近日中に、ふたりで公子のもとで伺わねばならぬな。そのとき、お前に菓子など頼みたい。…実は、丞相からもそれを礼にとねだられた。」
 「…わたしが相談しに行ったのは子建さんだけなのに、孟徳さんはどうやって知ったんでしょう…」
 「それは知らぬほうがよいかもしれぬぞ」
 苦笑まじりに言われ、花は肩をすくめた。
 「此度のことは、わたしも想定していなかった。あとで家令と相談しておく。」
 「あの」
 花が遠慮がちに呼びかけると、文若の力がやっとゆるんで花は彼の顔を見ることができた。彼はただ気遣わしげな表情をしていた。
 「わたし、ちゃんと戻ってきます。何があっても、戻ってきますから。」
 夫は、にこりと笑った。
 「当然だ」
 この人のことだから、中傷があってからさぞ色々と考えたに違いないし、孟徳も子建も好意一辺倒の言い方をしたかどうか分からない。けれどいま、当然と笑ってくれるこのひとがとても嬉しくて、ようやく花は文若の胸で少し涙を零した。
 
 
 
(2011.3.10)

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