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公瑾は外を見た。
静かな雨だ。時折、風が鳴るのに合わせて回廊に吹き込む音がするくらいで、それとて柳の枝を振り払ったような軽いものだ。休日とはいえ、晴れたら色々としたいこともあったが、この様子では降り止むまい。彼は椅子にもたれ、窓枠に肘をついた。
たん、と軽い音がした。回廊のすぐ横に植えた、清々しい香りを零す木からしずくが跳ねたらしい。
妻を邸に迎えるにあたって整えた庭を、以前より眺めることが多くなった。木も草も気をつけて選んだものだというのに、こうして根付いてみるとまた別の色を見せる。あの隅で咲いている紅い花など、まさにそれだ。あそこまで色鮮やかになるとは思ってもみなかった。独特の香りはあるが、どこかなまめいた印象のある黒ずんだ紅のはずだった。
そこまで思い、平和になったわけでもないのにこうのんびりとしているとはと、公瑾はうすく自嘲した。しかし動く気もしない。花が喜びとともに言うように、今日は休み、なのだ。まあ新妻の意見を聞いておいて悪いこともあるまい。彼女が拗ねても、それこそ休日の今日は逃げ場もないのだから。
そのとき、かるく扉が叩かれて公瑾はもたれていた窓辺から身を起こした。
「お入りなさい」
「失礼しまーす」
おそるおそる、というように裾を引いて入ってきた花に、公瑾は笑みを深くした。どんな書簡よりも大事そうに捧げ持つ小さな盆には茶器がのっている。うしろからついてきた侍女が、これもまたうやうやしい身振りで香ばしい匂いのする、よく膨らんだ蒸し菓子をおいて下がっていった。
花は、にこにこと公瑾を見た。
「何を見ていたんですか?」
公瑾はただ、庭の木を袖で示した。花が窓から顔をひょいと出して、ああ、という顔になった。
「あの紅い花、咲いたんですね」
「ええ」
「良かった。ちょっと寒い日があったでしょう? だから」
花は言いながら、何かを思い出すような目をした。公瑾も目を細めた。
去年だった。この木は紅い花が咲くのだと言った日から、花はそれを待っていた。寒い日が続くとうまく咲くだろうかと心配していた。まるで我がことのように心配するので、大丈夫ですよと言い聞かせていた。
…あれは、去年だ。
公瑾はふと、何年もこんな会話を彼女としているような気がした。むろん、会話としてはありきたりのものだ。喬姉妹と、仲謀と、伯符とだってこんな話をしただろう。けれどもいま感じた既視感はそういうものではなかった。
これからさき、何回もこういう会話があるだろう。数えることも忘れるほどのありきたりな会話を続け、こんな気持ちも薄れていくのかもしれない。公瑾は妻を見た。花を見る横顔に微笑が灯っている。
…その平凡さに、この穏やかな笑顔があれば構わない。
妻は、茶の用意に戻った。横顔をかすかな湯気が隔てる。
「あの紅い花って」
「ええ」
「花びらが多いでしょう? 枯れちゃうと地面にへばりついておそうじが大変なんだって、庭の手入れをしているひとが言ってました」
公瑾は一拍おいて笑い出した。花が目をぱちぱちさせて首を傾げる。
「どうしたんですか?」
「何でもありません。それより、茶が苦くなりますよ」
たいへん、と言いながら花が茶を注ぐ。
茶は舌に苦い。けれど、どこか甘い気がするのは笑いながら飲んでいるせいだろうと思った。
(2013.6.15)
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