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☆ご注意ください☆
この「幻灯」カテゴリは、chickpea(恋戦記サーチさまより検索ください)のcicer様が書かれた、『花文若』という設定をお借りして書かせていただいているtextです。
掲載に許可をくださったcicer様、ありがとうございました。
『花文若』は、最初に落ちた場所が文若さんのところ・本は焼失・まったく同じループはない、という超々雑駁設計。 雑駁設定なのは のえる の所為です。
何をよんでもだいじょぶ! という方のみ、続きからどうぞ。
孟徳さんとおくさん。
「あー」
だらけた体勢でだらけた声を上げてみせた孟徳に、女は振り返りもしない。しかしきっと口元に笑みを刻んでいるのだろう。もともと彼女の口元はいつも微笑んでいるように見えるので、彼の態度のせいではないかもしれない。
「なあ」
呼びかけられてはじめて、女は頭を巡らせた。ちり、と髪飾りが鳴る。身分に似合わない、質素なものだ。彼女にとって思い出の品なのかもしれないが、孟徳が遣ったものかどうか覚えていない。
長椅子からほとんど落ちるようにしてのけぞった孟徳は、女の視線をとらえて苦く笑ってみせた。
「女はどうしたら俺のものになるんだろう」
女の笑みが深くなった。そして今度は、本当の苦笑を優雅な口元に刻んだ。
「どちらのひめさまかしら」
「俺の張子房。」
女はゆるく首を横に振った。呆れたようにも、無意識の動作にも見えた。
「あなた、それを季節に一回は言っているわ」
「そうだなー」
「あのかたが望むとは思えないと、そのたびにわたしも言っているわ」
「そうだよなー」
「もう手に入れているのではないの?」
「違うんだよ」
自分でも思いがけないくらい鋭い声だった。そう、と女はため息のような返事をした。
「丞相は宝を見せびらかすのが得手だと、わたしのところまで聞こえていてよ」
宝ね、と孟徳は声に出さず呟いた。
確かに、文若は孟徳の持つ宝のひとつだ。あの女を見た人間はいちように驚き、自分をうかがう。彼女の歩みを正しく見もせずに、自分の酔狂と目に見える栄華を天秤に掛けるように目を眇める。自分以外はそれでいいと思っているから、孟徳も訂正はしない。
「あいつは自分を宝だと思っていない」
「そう」
そんな女なら俺は引き留めない。
女は、窓枠に手を掛けて外を見た。薄暗くなった外に、女の白い頬がぼんやり光る。
「風がつめたくなったわ」
いま彼女も、あんな目で外を見ているだろうか。詩興がわく佇まいのくせに頭の中で数字が揃っていくような目をする。しかし意外に考えているのは西の庭の白い花のことだったりするのだ。
宝、ともういちど孟徳は呟いた。女は彫像のように動かない。
この女とあの女は、お前が宝だと言えば同じように笑うに違いない。わたしごときが宝とは、丞相の蔵も貧弱なものと唇をあえかに曲げるのだ。それに俺は喜ぶ。さすがは俺のかたわらにある女だと楽しむ。
俺は彼女をどうしたいのだ。
花と愛でれば失う眼差しを惜しみ、剣と携えれば濃くなる影を憎む。
いちど、お前は俺をどうしたいかと聞いてみようか。眠くなる頭で考えていた孟徳は、唇を歪めた。
言って何かが変わるのかと女たちは頬を緩ませるだろう。妙なる楽の音を、予定通りに進んだ造成の結果を聞くのと同じ穏やかさで俺に尋ねるだろう。いとしい、いとしい俺の女たち。
目が覚めたら詩を捧げることにするかと、孟徳は目を閉じた。
ゆったりと彼女が振り返った時、彼は子どものように笑みを頬に刻んで眠っていた。彼女は慣れた動作で、彼の身体に掛ける衣を取りに立ち上がった。
さっき、彼が酷い言い様をしたあのひとはこういうことをしてあげるのかしらと彼女は少しばかり苦い、もう慣れた感情で笑みを浮かべた。
(2013.6.19)
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