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ダブルパロ・ぷらんつ公瑾くんです。
苦手な方はおやめくださいね。
仲謀は足を止めた。目指す部屋の前に小さい影がある。彼はため息をついて足を進めた。
「おい、お前」
扉の前で膝を抱えて座り込んでいる公瑾は、ぴくりともしない。仲謀は彼の前に座り込んだ。その髪をくしゃくしゃに撫でる。しかし観用人形はまだ動かなかった。その小さい身体を抱え上げても、彼はされるまま、荷物のようにだらんと手足を伸ばしたままだった。
仲謀は扉の前で、ドアノブに手を掛け、回そうとして深い息をついた。そのまま手を離す。
「おい」
部屋の中はしんとしている。
「お前、昨日の夕食にも今日の朝メシにも出てこなかったって、メイドたちと子敬が心配してたぞ。具合がわるいなら看て貰えよ」
こと、と小さい音が聞こえた。
「食べたくないの」
公瑾が緩慢に顔を上げて扉を見た。しかしそこには何も感情の見えない。それは、仲謀に昔を思い出させた。伯符が死んだあと、この人形はこんな顔をしていた。ただ枯れていこうとする目だ。
「気分が悪いのか」
「…ちがうよ。なんだか、わかんなくなっただけ」
「分からないってどういうことだ」
部屋の中はまた、しんとした。人形の頭がだんだん下がっていく。仲謀は扉を叩き破りたい衝動をこらえた。子敬に厳重に注意されたし、なにより、この病院は父と兄から預かったものだ。自分の手に残った、ただひとつのものだ。
「病気かも、しれないんでしょう」
「検査中だ」
仲謀はつとめて冷静な声を出した。年相応ではないとここに来るといつも言われる。兄をまねているのだから、そうなのだろう。ここで自分は、父を、兄を真似ている。
「でも、そうかもしれないんでしょう…!」
声は大きく弾けた。仲謀は頬を打たれた気がして全身に力を込めた。
彼女のような年頃の依頼者は初めてだった。だから子敬も詳細な検査を行っている。それでこんなに時間がかかっているのだ。
いつも、この病気が見つかるのは年配の人間だった。病気が発覚した時には手遅れで、ただ死ぬより木になるならいいと笑うような老人ばかりで、仲謀も花を見たときに驚いた。自分のような年齢の人間には関係ない病気だとどこかで思っていた自分を恥じた。
そして彼女は、見覚えのある少年を連れていた。以前のように笑う観用人形を…彼は頭を振って扉を見据えた。いまは回想の時ではない。
「検査中だ。」
仲謀はまた言った。医師ではない自分はそれしか言うことはないのだ。今の状況では、医師である子敬だってそうだろう。
「そう、だよね…そう言うよね。」
扉の向こうの声は湿っぽくなった。
「事実だ。」
「病気になるかもしれないってことは変わらない」
「病気じゃないかもしれない」
「…うん」
「とにかく、出てきてメシを食え。」
「食べたくない」
「お前な…!」
「だって、何を思えばいいの? 病気だったら食べても無駄だよ!」
「病気じゃないかもしれない」
「そう、だけど! もういいよ!」
「良くない!」
こらえきれなかった。
「可能性があるなら、こいつの手を取れよ!」
息をのんだ気配がした。
「お前を選んだこいつの手を取れ。お前はまだ、手を取れるんだ」
「…お兄さんのことを言ってるの」
「兄貴じゃない。お前の前にいる観用人形のことだ」
仲謀はいちど俯いた。観用人形は一心に扉を見ている。今度はそこに意志が見える。ただ涙だけがこぼれようと、ただもどかしいというような顔。この人形はただこの子の声だけで何かを取り戻すのだ。
腹が立った。そういうものだと分かっていて、メンテナンスを望んだのは自分だ。公瑾が壊れていくのを見ていられなかったから、その辛さをなくしてやりたかった。だがいま、こうして前と同じように違う人間に向かって心を動かす彼が苦しい。悔しい。ひどい男だ。それと同じくらい、公瑾が幸せでいてくれればいいと思う自分が分からない。
けれど、兄はそう思っている。
「だめだよ。わたしには好きになった責任を取れない」
「責任ってなんだよ」
「好きでいたって、病気だったら置いていくんだから! また泣くのよ、高く売れる涙をこぼして! 仲謀のお兄さんだったらそんなことさせなかったかもしれないけど、わたしは公瑾くんが泣いているところを見たの、メンテナンスを受けても泣いていたの、そんなのは嫌よ! 公瑾くんの中に悲しみばかり残してしまう」
廊下の窓がばちりと鳴った。風が出てきたらしい、木々の細い枝がうねっている。
「…兄貴もそんなこと言ってた」
しばらくして、え、と、震える声が聞こえた。
「人形だからな、って一度、言ったことがある。きゃっきゃ言って笑ってる公瑾を抱きしめて幸せそうに見えたけど、ぜんぜん表情を変えずにそう言った。俺はメンテナンスのことも知らなかったし、ただの動く人形だと思ってたけど、兄貴には分かってたんだ。でもそれきり、兄貴がそんなことを言ったのを見たことはない。兄貴と公瑾はほんとうに光にしか見えなかった。お前だって写真を見ただろ?…なあ、兄貴はただ好きなだけだったぜ。お前だってそうだろ。公瑾だってそうなんじゃないか」
人間と同じだろとは恥ずかしくて言えなかった。そのかわりに仲謀は公瑾を床に下ろした。公瑾は仲謀を見上げ、それから扉に目を戻した。
「公瑾は待ってる」
そう言って、きびすを返した。曲がり角でしばらく隠れて待っていると、鍵の外れる音が聞こえた。仲謀は長く息を吐いて、歩き去った。
(続。)
(2013.7.1)
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