二次創作。はじめての方はat first はじめに をご一読ください。
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「夢見てのちも」の後日談です。よろしければ(六)からお読み下さい。
後朝と、数年後です。
ここまでおつきあいくださって、ありがとうございました。
後朝と、数年後です。
ここまでおつきあいくださって、ありがとうございました。
後朝。
公瑾は目を覚ました。
しめやかな雨が降っているらしい、とても静かで水の匂いが強い。もともとこの土地は湿気も多く、甘いような湿った匂いがどこからともなく渡ってくる。
ふと視線を動かせば、健やかに眠る妻の顔があった。この寝息のせいで静かと思うのかと、彼はかすかに笑った。
見つめてくる視線のままに彼女は幼く、彼の思うままに翻弄されていた。しかし彼女のような肌を知らないと思った。独特の柔らかさと熱さを知るのが自分だけであることを確認して、これほど満足を覚えたこともない。彼はそっと手を動かし、彼女の頬に触れた。
あの婚礼衣装を着た花が、まさしく花嫁となって自らのもとに歩いてきた時、頭の中が白くなった。
まったく恋を夢見なかったと言えば、嘘になる。ごく幼い頃は天女の恋物語も聞いたし、名家の子息とて愛らしい娘たちに媚を投げられ落ち着かず、目を逸らしたこともある。しかし現実は彼をいくさへと速やかに連れだし、そして喪失を与えた。それきり、自らの行く手に甘い色はなく、それで十分だった。…それ以外を考えずに居た。
それでも、この手を得て良かった。
「花」
静かに呼んでも、彼女は瞼さえ動かさない。
近隣の者の挨拶を受けたり、近しい親族への挨拶まわりなど、今日すべきことは山のようにある。けれど、まだ良かろう。天気も悪い。
この土地の雨や霧、風を土地の古老よりも熟知している公瑾にしてみれば、この雨はすぐ止むことは分かっている。それでも、そう考えた。
「そういうことも、教えねばなりませんね」
公瑾は妻の頬を軽くつついた。花は僅かに顔をしかめたが、すぐにまた穏やかな寝顔を見せる。
花に教えたいことは山のようにある。まだ文字は美しく書けないが、知識欲は人一倍だし、なにより粘り強い。自分が根負けしたくらいだと公瑾は唇を曲げた。長江がいちばんやっかいで艶めかしい朝霧の音も、夢に響く海鳴りも、いずれ聞かせよう。
(花)
彼女より自分はずいぶん年が上で、しかもこの身は都督だ。彼女を知り尽くすまで自分は生きていられるだろうか。
…許せるはずがない。
自分の知らない花が居るなど、許せない。
まるで子どものようなと考え、公瑾は苦笑した。こういう高ぶりも悪くないと思う。
隣で小さいうめき声が聞こえ、彼はそちらに目を遣った。花がゆっくり目を開けている。公瑾は笑みを浮かべた。
「おはようございます、花」
花はむずかるように何事か言うと、瞬きして公瑾を見た。
「こうきんさん?」
「はい」
んー、と花は眠そうに何かを考える目をして、次の瞬間、目を丸くし顔を紅くした。
「お、おはようございますっ」
「はい。おはようございます」
「え、えーと」
頭の中で昨夜のことがめくるめく回っているのだろう、目を白黒させる花の肩を公瑾は強く抱き寄せた。
「わたしの妻」
耳元で囁くと、花がじたばたと身をよじる。
「公瑾さんそれ反則です!」
「何のことです。あなたはわたしの妻でしょう」
「だって耳元で囁くなんてーー」
「分からない人ですね。大人しくなさい」
耳朶を軽く噛むと、花はぴたりと動きを止めた。寄り添った肌から、鼓動が伝わる。
「…あ、雨ですね」
「そうですね」
「あったかい、ですけど」
「そうですか」
公瑾は花に口づけた。花がより顔を紅くして口を噤む。
ややあって、この雨は忘れないと思います、と呟いた妻の声に、彼は目を閉じた。
「そうだ、公瑾さん。大喬さんと小喬さんが、長江の崖の上から好きなひとの名前を叫んだらいいことがある、って言ってました。そんなおまじないがあるんですか?」
「…決して実行しないように」
「え? でも」
「あなたはわたしの妻になりました。それ以上の『いいこと』が必要ですか」
「わたしじゃなくて、公瑾さんにいいことが欲しいからなんですけど」
「わたしはもうじゅうぶんです。…いいですか、決して! 実行しないように。約束なさい」
「は、はい…」
数年後。
母様はどうして父様と婚儀を挙げたの?
大好きだったからよ。
…それだけ?
そうね、それだけだね。
父様にも聞いていい?
ええ、聞いてきて。あとでこっそり教えてね。
…母様ー!
走らないの、危ないよ。
父様も、同じことを言ってたよ! 母様と同じこと!
そうなの? 良かった。
母様のこと、いまも大好きだって! それは当たり前のことだから、もう二度と聞いてはいけません、って!
そう。嬉しいな。
父様の側に居た兄様に怒られちゃった。お前がそういうことを聞くと、あとで父様の機嫌がとても悪い、って。
じゃあ兄様に教えてあげなさい。そういうのは父様の照れ隠し、よ。
てれかくし? なあに? なんのこと?
じゃあこの言葉は、もう少し大きくなるまで取っておきましょうね。父様の照れ隠しは、とってもたくさんあるから。
楽しみ!
はいはい。
(2010.11.21)
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