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二次創作。はじめての方はat first はじめに をご一読ください。
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 リクエスト返礼、第一弾です。
 「公瑾さん×花ちゃん」で「付け文」を選択させていただきました。リクエストをいただいたmaiさま、ありがとうございました。半分しか課題をクリアできていないような気もします、ほんとうにすみません。
 「恋しとは」の続きになります。

 リクエストをいただいた他の方々、もう少しお待ちくださいませ。

 では、公瑾さん×花ちゃんです。



 花は、落ち着かない気持ちで宴席に居た。
 かたわらには公瑾が居て、目が合えばゆるりと微笑んでくれるのに、どうしてだろう。この宴席には緊張感がある。
 広間には、ぎっしりと人が居た。女官はひっきりなしに往来し、酒の香りが立ちこめている。花はレモン水のようなさわやかな酸味を加えた水を飲んでいたが、それでも酔いそうだ。それほどざわめいている。ただそれは、楽団の音色をかき消すような大騒ぎではなく、あくまで上品だった。
 「公瑾、さん」
 そのざわめきのなか、膝を寄せて囁けば、恋人は流し目を寄越した。
 「なんです」
 「あ、あのう…今夜はわたし、どうして、この衣装なんですか」
 「不服ですか」
 「とんでもない! …で、でも、ペアルックっていうのは…」
 花は真っ赤になってうつむいた。
 「ぺあなんとかというのは、揃いの衣装、ということですか?」
 公瑾が呟いて、花の全身を眺め回す。
 深い青に錦糸の縫い取りも華やかな衣は、灯火のゆらめきによく映えた。花の髪には同色の小花の髪飾りが掛けられ、僅かの息にもしゃらしゃらと鳴る。衣の裾に描かれた金の鳥は、公瑾の隣に座って初めて、彼の衣の裾に同じように描かれた鳥と向かい合っていることが分かった。公瑾は薄青を基調にした衣を着ているが、よく見れば刺繍の柄は花と一緒だ。ふたりを最初に見た仲謀が絶句したほど、それは揃いの衣だった。
 「大喬と小喬が、今日の宴席に出るあなたに着て欲しいと選んだものだと、説明したではありませんか。いつもいたずらばかりしているあのふたりにしては上出来ですね。」
 上機嫌で頷く公瑾は、文句なく満足そうだ。なんだか笑顔がきらきらして見える。それにも照れて、花は下を向いた。
 「これもいたずらじゃないんですか?」
 「心外ですね。あなたが美しくならなければわたしだって了承しませんよ。」
 公瑾の手がするり、と花の手に絡む。花は慌てた。
 「み、みんな見てます」
 「見せておきなさい」
 「だ、だって…!」
 あたふたと周りを伺えば、仲謀がこちらを見て、けっ、と言いたそうな表情を浮かべたのが分かるし、子敬はいつもの細目でゆるゆると笑っているし、満座の注目を浴びているような気がする。
 「それともあなたは、わたしの思い人という場所が不快ですか?」
 急に寂しげになった声音に、花は慌てて公瑾に目を戻した。
 「不快だなんて、とんでもないです。ただ、わたしもう、こんな宴席に出る位なんて持っていないし…」
 玄徳軍の使者という役割はとうに解かれ、花の存在が公瑾の側にあるべきことは呉の暗黙の了解になりつつある(と、つねづね公瑾は言う)。でも今の自分は、正しく、公瑾の使い走りやお茶を入れたりしているだけの、小娘だ。
 「なに、これもいくさです。」
 小さすぎて聞き取れない声に花が首を傾げると、恋人は「なんでもありません」と相変わらず美しく微笑んで彼女から目を反らした。ちょうど話しかけてきた武官に挨拶している。その横顔を見ながら、花は肩の力を抜いた。少しまわりを見る。
 よく見れば、武官と文官は席が分かれているようだ。ゆらゆらと定まらない灯火に目を凝らせば、お使いに出た先で会う文官が何人かいるのが分かる。そのひとりを見定めて、花はさっと目を伏せた。視線が合うのが分かったからだ。
 (付け文、って、ラブレターのことだって言ってた)
 自分はもう公瑾が好きだから想いには応えられない、でも断る作法を知らない、と困って大喬小喬の姉妹に相談したことがある。結果、そのすぐあとに公瑾から正式に婚儀を申し込まれ、いまは準備の真っ最中だ。さすがにあのとき公瑾が言いはなった、五日もあれば大丈夫、というような訳にはいかない。ここしばらくほとんど毎日、一室にこもりきりで作法や文学、音楽など公瑾の妻となるべく授業があり、試験勉強以上に悩むこともある。
 何も問題ないよ、その気がないんなら放っておけばいいんだからとあの姉妹は請け負ってくれたが、本当にそうなのだろうか。本気でひとを好きになったことも告白されたことも公瑾が初めてずくめの花には考えの及ばないことも多いけれど、なんというか、放っておくだけというのは相手に申し訳ない気がする。そう思うのは傲慢なことだろうか。
 悩む花がそろそろと目を上げると、相手が中座したのが分かった。花は深く考える間もなく立ち上がり後を追った。
 石畳の回廊はひんやりとしている。壁を隔てただけでざわめきがなくなり、あたりは夜の静けさに包まれていた。その前方の暗がりを、足早に去っていこうとするひとがいる。
 「あの!」
 花の呼びかけに、その青年は足を止めた。ただ、振り向かない。
 「あの、お手紙をくださったのに、返事もせずにすみませんでした!」
 花が言うと、青年は僅かに顔だけ振り返って苦笑したようだった。白皙の整った顔が灯火にぼんやりと見える。
 「そういうことは大声で言わぬものですよ。…特に、断るならば」
 静かな、公瑾とはまた違った深みのある声にたしなめられ、花は慌てた。
 「あ、そ、そうですよね、すみません」
 「…ほんとうに変わった方だ」
 呆れたような、賛美するような声とともに、彼は優雅な身のこなしで振り向いた。花をまっすぐ見つめる。切れ長の目は公瑾と違う鋭さで、政務で会う時とは異なる緊張感を花に与えた。
 「思いを伝えられればそれで良かった、というのは負け戦の逃げ口上です。今夜、それがよく分かりました。」
 「え…」
 「あなたは、ほんとうに都督どのとお似合いでいらっしゃる。」
 ひとりごとのようなそれに、花は返事をしていいものか迷った。すぐ、彼は花を見つめ直した。
 「あなたも、都督どのをこの世にひとりと知っていらっしゃる。…そうでしょう?」
 花は少し俯き、それから彼をまっすぐ見て、頷いた。
 「はい。」
 そう答える一瞬の間に、花の頭の中を様々なことが駆けめぐる。最初はさんざんな言われようだったこと、過去に飛ばされた時のこと。初めてきちんと聞いた琵琶の音色、矢傷に苦しむの手の熱さ、向けられた切っ先のよく澄んでいたこと。花は両手をきつく握りしめた。
 彼は目を細め、笑ったようだった。
 「都督どのも容赦ない。その衣が無くても、おふたり揃っているところを見ればすぐに分かることだったのに。…ええ、よく分かることでした。」
 少し声を張って言うと、彼は端正な、花が思わず見とれるような礼をした。そのまま身を翻し、闇に消えていく。ぼうっと見送っていた花を、後ろから急に抱きしめた腕があった。
 「きゃ!」
 「…あなたは」
 馴染んだ香りに、相当な酒の匂いが入っている。花はどもった。
 「こ、公瑾さん」
 「あなたと、いうひとは」
 それきり、公瑾は花の肩に目を伏せて何も言わない。
 公瑾の体が熱い。それに、すごい心拍数だ。酔っているせいだけではないだろう。きっと全部見ていたに違いない。花は細く息を吐いた。
 「もしかして全部知ってて、この服にしたんですか? 公瑾さん」
 「わたしは呉の都督ですよ。」
 「答えになってないです…でも、ごめんなさい。」
 「まったくです。恋人が他の男に付け文され、さらにその男を追っていく恋人を見て平気な男などどこに居ますか」
 「はい。…最初から、きちんと相談すれば良かった」
 公瑾は、花の肩の上でゆるゆると頷いた。
 「あなたの参謀はわたしだけにしてください。あなたのことなら、すべて知っていたい。」
 「でも、大喬さんと小喬さんに相談しておいてよかった、と思うこともあるんですよ。」
 「え」
 「この衣装だからちゃんと断ろうって勇気が出たんです、きっと。」
 公瑾の腕の力が緩み、ほっとした花は、次の瞬間、勢いよく体を回転させられて正面から彼に抱きしめられていた。痛いほどの力に花は少し顔をしかめたが、おとなしく彼の腕の中で息を潜めた。
 「覚悟なさい、花」
 「はい?」
 「わたししか見えないようにしてさしあげますからね。」
 子どもっぽく拗ねた口ぶりに、花は思わず微笑んだ。
 「もう、そうなってます」
 「…嘘を言いなさい」
 ますます強まる腕の力に、花はゆっくり目を閉じて彼の背に腕を回した。
 「公瑾さん」
 「なんです」
 「花嫁修業、頑張ります。公瑾さんにお似合いだって言われるように」
 公瑾の深いため息が聞こえた。
 「殊勝な心がけ、と言いたいところですが」
 ふ、と耳朶を唇がなぞって離れる。
 「もう、十分ですよ。…これ以上愛らしくなられてはわたしの身がもちません」
 沸騰したように紅くなり硬直した花を満足そうに見た公瑾は、部屋まで送りますと言って花の手を取った。ゆっくりと歩き出す。
 彼女は少し後ろをついていきながら、繋いだ手を見つめた。僅かに指に力を込めると、その倍の力で握られる。公瑾が微笑むのを感じて、花も笑って目を伏せた。

 

(2010.5.17)

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