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二次創作。はじめての方はat first はじめに をご一読ください。
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 最近、サーチさんにも更新お知らせをうっかり載せていないのですが、それでもみなさまご来訪ありがとうございます。拍手御礼などは、後日、改めまして。


 なんだかとても都督に会いたくなる時があって、昨日は繰り返し√ 辿ってしまいました…


 というわけで、今日の更新は 都督さんと花ちゃんです。




 「はーなちゃん」
 「花ちゃん」
 ひょこ、と窓からのぞいた顔に花は我に返った。並んだ顔に笑顔で一礼する。このふたりはいつもこうして自分の心の隙間に現れる。
 「こんにちは。」
 「遊びに来たよ。」
 「こーきん、まだ帰らないの?」
 花は頷いた。
 「今日、帰ってくるはずだったんですけど、使者の方が遅れると教えてくれました。」
 「なーんだ」
 「寂しいね」
 姉妹は顔を見合わせると姿が消えた。戸口から軽い足取りで入ってきて、茶を入れようと立ち上がった花の袖を引いた。
 「いいよ花ちゃん」
 「お話ししようよ。…最近ずっと、花ちゃんここにいるから会えなかった」
 「そうですね」
 花は部屋を見回した。
 ここは、公瑾が婚儀前に彼女のために用意した部屋で、いまはほとんど物がない。ここで過ごしていたのはまだ一年前にもならないのに、若い娘風の優しい色合いの壁紙や帳が、とても懐かしく感じる。
 このところ花は、ここでずっと過ごしている。夫婦のための部屋は別にあるが、そちらで過ごす気になれなかった。
 理由は簡単だ。公瑾がいない。ほかの城に視察に出ていて、今日は十日目だ。
 公瑾の秘書のようなかたちで働いている花は、普段は公瑾とともに出仕している。だが、わたしがいないあいだは出仕しなくても結構です、いやむしろしないでくださいと公瑾にきつく念を押され、屋敷に籠もっていた。
 出かけたくとも、気安くしていた尚香は玄徳のもとへ嫁いでしまったし、ひとりで出かけようとすれば使用人が真っ青になって止めるし、ならば使用人と出ようとすれば誰も同意してくれない。彼女はすっかり落ち込んで、ほとんど部屋に居る。やったこともない刺繍に挑んで、指を怪我だらけにする始末だ。
 姉妹は、花の手元を覗き込んで顔を見合わせた。うす緑の手触りのよい生地につたない唐草が刺繍してある。
 「手巾だね」
 「公瑾の?」
 「はい。この色が好きですよね」
 「そうだね」
 「花ちゃんが刺繍するなら、なんでも気に入ると思うよ」
 姉妹の温かい言い方に、花はふと胸をつかれて慌てて手を振った。
 「そうでしょうか。きっと、色目が悪いとか糸目が揃っていないとか色々言いますよ」
 笑う花の頬に、大喬が手を触れた。
 「花ちゃんまでそんなこと言っちゃ駄目だよ」
 小喬がこくこく頷く。
 「ひねくれ者はこーきんだけで十分だからね」
 「…はい」
 花は慎重に針と糸を手箱にしまった。この針箱も公瑾がくれたものだ。鳥が花園に遊ぶ図柄をひと撫でし、姉妹を見返す。
 「そうですね。きっと、なんだかんだ言いながら大事にしてくれますよね。」
 姉妹はにこにこと頷いた。
 「花ちゃんは本当によくできたお嫁さんだよね」
 花は伏し目がちに微笑んだ。
 「…あの、わたしが出来たお嫁さんじゃなくて、わたしがとても恵まれているだけだと思うんですよ。」
 姉妹は顔を見合わせた。
 「どうして?」
 「公瑾さんが大事にしてくれますから。」
 「だってべたべたに好きだもん」
 「見てて分かるもん」
 「…でも、それってとっても凄いことだと思うんですよ。ここに来て改めて分かったんですけど、周家ってとてもいい家柄なんですね。そこのいちばん活躍してて、呉の都督のかたがわたしを大事にしてくれて、反対だってあったのにお嫁さんにしてくれて」
 「花ちゃん花ちゃん」
 とんとん、と小さな手がいつの間にか握りしめていた花の手を叩いた。
 「してくれて、って、おかしい。」
 「あ、感謝です、これは」
 「そうなの?」
 「はい。…あのですね、これ」
 花は両腕を広げ、着ていた衣を見せた。ごく薄い水色の仕立てのいい長衣だが、装飾がほとんどない。何より花は、裏返しに羽織っていた。小喬が首を傾げた。
 「それ、寝るときに着る衣じゃない?」
 「はい。これ、公瑾さんのなんです」
 姉妹は、にま、と笑った。
 「会いたいんだね、花ちゃん」
 「だって、公瑾さんが、衣を裏返して寝ると夢で会えるって言うからやってみたんですけど…公瑾さん、ちっとも会いに来てくれないんですよ…」
 「あのねえ花ちゃん」
 「こーきんならこう言うよ」
 「『わたしなら夢のあなたなどという当てのないものは信用しませんね』」
 「『あなたは夢のわたしで満足できるのですか?』」
 「あはは、似てます似てます。言いそう」
 「…心外ですね」
 凍り付くような声が聞こえてきて、花は硬直した。姉妹は振り返ってあはは、と笑った。
 「図星でしょ公瑾」
 「おかえりぃ公瑾」
 花は、ぎくしゃくと立ち上がった。
 旅装も解かずに入り口に立つ夫は、うっすら笑みを浮かべている。彼女は泣きたくなった。習い覚えた礼をする。
 「…お、かえり、なさいませ」
 公瑾は横を向き、ふ、と息をついた。
 「心配して損をしました。」
 「え」
 「婚儀を挙げて以来初めて夫が十日も家をあけ、妻がきっと心細いだろうと馬を駆けに駆けさせてみれば、悪戯三昧の姉妹と暢気に戯れている」
 「暢気に、って」
 「公瑾、帰るなり花ちゃんをいじめてる」
 「花ちゃんが泣いてたのにね」
 姉妹が聞こえるようにひそひそ囁き交わすと、公瑾は口元を覆っていた外套をゆっくり外した。笑顔は欠片も崩れない。
 「泣いていた?」
 「い、いえ、泣いてません」
 「ではわたしと離れていたのが寂しくはなかったと仰りたいのですね」
 「違います! 公瑾さんこそ、夢に出てきてくれなかったじゃないですか!」
 公瑾は力説する妻をちらと見た。悪戯姉妹呼ばわりされたふたりが肩を竦めているが、夫婦の目には入らない。
 「この世界にはボイスレコーダーもケータイもネットもないし、寂しくて寂しくて堪らなかったのに」
 花は身を翻した。屋敷が大きいことの利点として、喧嘩をしたら隠れる場所がたくさんあることを、彼女はしみじみ有り難いと思っていた。だから、いつもの隠れ部屋に行こうとした。
 それが、阻まれる。逞しい両腕、懐かしい香りに。
 「良かった」
 聞きたかった声音に、体が震える。
 「あなただって、わたしの夢に来てくれませんでしたからね。」
 「そんな…夢のわたしなんて、知りません」
 「そうですね。こちらのあなたは帰ってくるなりわたしの分からない言葉を並べて怒るし、拗ねるし、居なくなろうとするし」
 ふふ、と、艶っぽい笑い声が耳を掠める。
 「でも、とても確かだ」
 「…ずるい」
 軽い足音がふたつ、部屋から出て行く。それがすっかり聞こえなくなって、公瑾は腕を解いた。
 「やれやれ、非常に高い頻度で、夫婦喧嘩の場面をあの子たちに見られるというのも困りものですね。出入り禁止に」
 「嫌です! 大事なお友達なのに…しないでください」
 思わずその袖を掴んで言うと、見上げた夫は、ふいと余所をむいた。
 「だってあなた、あの子たちに喧嘩の理由を言うとそれで満足してしまうでしょう」
 花は目を見開いて、それからくす、と笑った。公瑾が腰に手を当て不機嫌そうに見下ろしてくる。
 「嫌な人ですね、何を笑っているのです」
 武将ならば、この視線にさらされて恐れ入るのだろう。でもこれは彼の…そう、自分にしか見せない感情の流れだからよく見える。
 「違いますよ。やっぱり公瑾さんのこと好きだなあって」
 (夢にまで嫉妬するなんて、やっぱり反則)
 虚をつかれて表情をなくした夫を見上げつつ、花は今度こそ、彼が帰ってきたら見せようと練習していた笑顔を浮かべた。
 「お帰りなさい、公瑾さん」
 一拍おいて、公瑾はこれ以上ないというほどの笑顔を浮かべ、またそれを素っ気なく消そうとして失敗し、妻を強く抱きしめた。

(2010.6.14)

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