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二次創作。はじめての方はat first はじめに をご一読ください。
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 本日、連載二回目です。
 

 
 
 「ご主人様」
 居室へ向かう回廊で囁くように呼ばれ、公瑾は振り返った。花付きの侍女の清妙が膝をついている。
 公瑾は今日も深夜に帰ってきた。夏は水軍の鍛錬が本格化するから、やることも多い。毎日、帰って来るのは遅い時刻だった。公瑾は息を整え、彼女へ向き直った。
 「妻の具合はどうですか。」
 「今日は夕餉を多めにお召し上がりになりました。」
 公瑾はほっとした。
 花は季節の変わり目によく体調を崩す。公瑾の大きな心配事のひとつだった。
 「ありがとう。今日は下がりなさい。」
 静かに告げたが、清妙はいつになく迷った様子で公瑾を見上げた。彼女がこんな仕草をするのはまったく初めてのことだ。彼は不審に思った。
 「どうしたのですか」
 「ご主人様に見ていただきたいものがございます」
 彼女の声音が切実で、公瑾はくだくだしい質問をするのを止めた。花付きの侍女として満足いく働きをしている彼女がわざわざ告げてきたのだ。
 「どこです」
 「こちらです」
 彼女のあとについていく。夫婦の居室の前で、彼女は足を止めた。説明されるでもなく、公瑾は息をのんだ。
 庭を涼しげな音で流れる水の上、軍旗ほどの大きさの「何か」が見える。ゆらゆらと、まさに風にそよぐように流れるそれは紗の幕が張ってあるのかと思う。
 もやもやとした「景色」は非常に見づらかったが、四角い何かが並んでいる。その前をもっと小さな四角いものが非常に早い速度で左右に行き交っている。見たことのない服装をしている人々も歩いているようだ。全体に薄茶色がかったその「景色」は、すぐそこにあるかのように非常な質感を持っていた。
 公瑾は、表情が凍り付くのを感じた。これは、花の景色だと直感したからだった。服装が花の着ていたものと似ている。
 彼は、花の世界のことをほとんど聞いたことがない。聞くのが嫌だからだ。文字や、景色や、花のことは時折ぽろりと彼女の口から漏れるが、それ以上を正したことはない。
 「妻の様子を確認なさい」
 唸るように言うと、彼女が素早く寝室に行き、戻ってくる。
 「よくお休みでございました」
 公瑾は拳を握りしめた。
 「…いつからこれはあるのです」
 「先ほどからでございます」
 「では、今日が初めてなのですね」
 「はい」
 「今日、妻に変わったことはありましたか。」
 清妙は珍しく言い淀んだ。公瑾は彼女を厳しく見据えた。
 「構いません、言いなさい」
 「いつになく、ご気分のすぐれないことをお気にしておいででした。」
 「…そうですか」
 公瑾はため息をついた。
 武人である公瑾には暑さ寒さなど単に耐えるべき事象に過ぎない。彼女だって本来、ふつうの体のはずだ。過ごしやすい環境に整えることがよほど容易い世界だったのだろう。倒れるたびに公瑾が気を遣うのをすまながる。そのたびに小言を言いながら甘やかす自分もどうかと思う。
 …ただ、自分はそうしているのが心地よいのだ。花を、抱きしめるようにくるむように甘やかしていたい。
 そのとき、その「景色」が大きく揺れた。公瑾の目が見開かれる。
 短い裳をはいて、うす茶の上衣を羽織って軽快に駆けていく娘がいる。肩のあたりで切りそろえた茶色の髪が揺れる。
 あの後ろ姿は、花だ。
 (行ってしまう)
 血が、一気に下がった気がした。
 「花!」
 公瑾は走り出した。
 
 
(つづく。)
(2010.7.13)

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