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本日は、(三)です。
「花!」
叫び、捕まえようと走り出したまでは分かっている。それきり、何か強い布が体に当たったような衝撃があって、公瑾は思わず立ち止まった。その手を引いた誰かがあった。
「公瑾さん」
手を振り払おうとした公瑾の耳に、聞き慣れた声が届いた。目を見開くと、花が笑っている。
「は…な?」
「はい。うわあ、びっくりしました。公瑾さんもこっちに来られるんですね!」
花は屈託なく笑っている。その顔が急に紅くなった。
「公瑾さんって、こっちの格好をしても素敵ですね…」
言われて慌てて自分を見下ろす。
足に添ったかたちの直線的な袴に、同じく腕に添った筒袖。織りは非常に上等のようだったが、いかんせん色味が公瑾の好みよりはるかに地味だ。…しかし、そんなことはどうでもいい。
公瑾は表情を改めて花に向き直った。
「花、あなた、体は大丈夫なんですか?」
「え? ええ、何ともありません。すみません、いつも心配掛けて」
勢いよく頭を下げられ、公瑾は咳払いした。
「…これは、あなたの夢ですよね?」
「たぶん、そうなんだと思います」
たぶんではない、と怒鳴りかけて、彼女の表情に息をのむ。
高台だった。腰くらいまでの手すりに寄りかかり、花は遠くを見つめている。その表情はとても落ち着いて、寛いでいた。
ああここは確かに、彼女の世界なのだと思った。
彼女が向いている先には、公瑾の常識ではあり得ないほど高くそびえ立った塔がいくつもかすむように見えていた。素材を何にすればあれほど高くできるのだろう。いま立っている地面も土ではなく、何か固いもので一面覆われている。道路の両側に、丸く刈り込まれた背の低い木が等間隔に植えられ、その外にはよく似た外見の四角い箱がたくさん並んでいる。それぞれが石垣らしきものに囲まれているところを見ると個人の家なのかも知れないが、堅牢そうなそれらの家をこれほど多くの人々が所有できる世界とはどういうところなのだ、と、公瑾は改めて花の横顔を見直した。
それを見透かしたように振り向かれて視線が合う。彼は、どうしてここに来ているのか、という言葉を飲み込んだ。
「ね、公瑾さん。一緒に学校に行きませんか。」
「がっこう?」
「えーと、わたしが学問をしていたところです。」
言うなり花は、公瑾の手を取った。指を絡めるように握られ慌てる。
「花! こんな往来で」
「大丈夫、みんなしてます。それに、これは夢ですから」
花は公瑾の腕にしっかりしがみつき、彼を見上げてくる。照れくさそうな視線が公瑾の体温を上げる。
「こうして公瑾さんと腕を組んで歩くの、けっこう夢だったんですよ」
しみじみ言われ、公瑾はぐっと息をのんだ。
「…花」
「はい?」
大きな目が彼をまじまじと見上げた。公瑾は咳払いした。
「これは、夢なのですね。」
「だって、公瑾さんがスーツ着てるなんて夢に違いないです。」
朗らかに確信を持って言われ、公瑾はひとつ息をついた。戻れるのでしょうね、という言葉を飲み込む。それを今言っても、花にも分かるまい。
「…では、今だけですよ。今だけですからね、あなたの流儀にならうことにしましょう」
「嬉しい!」
花が本当に嬉しそうに笑った。彼はまた咳払いした。
「こっちです!」
強く腕を引かれ、少しよろけながら公瑾は歩き出した。
(つづく。)
(2010.7.14)
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