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二次創作。はじめての方はat first はじめに をご一読ください。
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 今日は四日目、(四)です。
 そして相変わらず計算のできないワタシは、(六)まで書いている…な、なんとかがんばりまっす。
 
 
 お話の途中にもかかわらず、拍手くださるみなさま、ありがとうございます。
 お返事は、完結したのちにさせていただきますこと、ご了承ください。
 
 


 
 
 向かいに、とびきり嬉しそうな花が座っている。公瑾は落ち着かない気持ちであたりを見回した。
 なるほどこれは夢らしく、花が公瑾の腕にぶらさがるようにして歩いていても咎められることはなかった。がっこう、と花が呼ぶその建物は似たような規模の部屋がいくつも並び、机と椅子が配置されている。そのひとつに迷うことなく花は入って椅子に座ると、公瑾を向かいに座らせた。
 「ここが、わたしが勉強しているところです。」
 花と同じ服装をした同年齢の男女が、気安い笑顔を見せながらそこここで会話している。なるほどこんな状況で過ごしていては男子に危機感を抱かぬはずだ、と公瑾は思った。
 「教科書を使って」
 そう言うと、花の手元に仙術のように本が現れる。公瑾はぞくりとしたが、「あの」本ではない。
 「これを、皆が持っているのですか」
 「はい。あ、これはわたしの落書きがあるんで、もう見せません」
 花が顔を紅くしてそれを閉じる。それを公瑾はさらってめくった。花があわあわと何か弁解しているが、いっさい聞かない。
 公瑾の知らぬ文字と詳細で色鮮やかな絵が、驚くほど薄い紙に刷られている。色々な土地の地図が描いてあるようだ。添えられた色分けされた円や長さの違う棒の絵はなんだろう。確かに、欄外に花の字で何か書いてあったり、犬か猫のような他愛ない絵もあった。
 「あなたの世界は、色々なことが分かっているのですね」
 「全部覚えているわけじゃないですけど」
 決まり悪そうに花が笑う。
 「これを開けば良いではありませんか」
 「試験の時はこれを見てはいけないんです」
 「覚えれば良いでしょう」
 「もうっ」
 花は頬を膨らました。
 「公瑾さんは何でもできるから、すぐそう言う」
 その様子がとても稚い。「あちら」で書き取りを教えているとき、彼がからかうと見せる表情だった。そしていま、「あちら」と考えたことにぞっとして、公瑾はその頬に滑らせようとした手を止めた。何とか笑みを作って、言う。
 「あなたの努力は買います」
 「先生はいつもそう言うんですっ」
 彼がそれを机に戻すと、本はふわりと見えなくなった。
 花はそれから、一方的に話していた。
 「ようちえん」に通っていた時、帰り道で迷子になって心細かったこと。
 「でぱーと」で、大きな「ぬいぐるみ」を買ってもらった時のこと。
 「さんた・くろーす」を信じていた頃のこと。
 「こうこう」の「にゅうがくしけん」が難しかったこと。
 「けいたいでんわ」の便利さと面倒さ。
 「なつまつり」の夕暮れのざわめき。
 最初は、分からぬ単語を聞きだそうと努めたが、すぐに止めた。彼女はただ、話したいようだった。生き生きと嬉しそうに話す彼女を、公瑾はどうしようもないもどかしさを抱えて聞いていた。
 いますぐにでもこの話を断ち切りたい。早く自分のもとへ、花を連れて帰りたい。
 それでも、この花の生き生きした様子はどうだ。彼女が自分の腕の中で見せる笑顔と違っているけれど、これも、花だ。
 いつの間にか、あたりの男女は減ってきている。日差しはやや傾いてきたようで、部屋が薄い橙色に染まっていた。花の胸に光る金属の小さな紋章が、彼女の僅かな身動きにちらちらと光を反射させる。先ほど部屋に居た男女も、みな、付けていた。この「がっこう」の証なのかも知れない。
 あたりの空気まで橙色にとろりとしてきた気がする。微睡みに入っていく時のような、指先までぬるくなる感触に、公瑾はふと窓を見た。
 夕日を切り取るように、背の高い建物の四角い影がいくつも並んでいる。絶え間なく外から音が響いてくる。海鳴りのような、強い風の響きのような、しかしもっと落ち着かなくさせる音だ。旋律を持たず、安らぎもない。
 「…花」
 「はい」
 「あなたは、なぜ、わたしとここに来たかったのですか」
 花は少しのあいだ俯き、それから公瑾をまっすぐに見た。いつもこんなふうに見られている気がする、と彼は思った。
 「ここ、どう思いますか?」
 「どう思う…とは、この、がっこう、という場所しか見ていませんので何とも言い難いですが…ずいぶん皆、伸び伸びしていますね。屈託ない顔をしている。」
 花は小さく頷いたが、何も言わない。彼は一度目を伏せた。
 「わたしから見れば、だいぶ幼いのですがね。しかし、あなたがこういう中で育ったのだから、あなたがいつも真っ直ぐに人を見る理由も納得できます。あなたは…ここにいるほかの男女を同じように、世界に裏切られたことがない。」
 公瑾は目を上げた。花の瞳は静かだった。
 「伯符さんのことですか」
 すっと部屋がかげった。日が沈みきったようだ。
 「…ええ」
 「伯符は、わたしの道そのものだった。それが途絶えるとは思ってもみなかった。いえ、わたしも幼い頃から人の死を知っています。それでも、いずれそれが自分の身にあれほど大きな嵐として襲い来るとは思ってもみなかった。…それを、あなたとこの場所に見ます。」
 呉で内乱があっても魏は静かなように、この世界にだって、花の身に及ばないだけできっと大きな戦いはあるのだろう。先ほどの本に書いてあった、あの見も知らぬ国々のどこかでは、絶望も裏切られた約束もあるだろう。
 それでも花は穏やかに育ち、自分の前に現れた。公瑾はもういちど窓を見た。
 「ここでは、わたしの琵琶はあちらとは違うふうに響くのでしょうね。」
 ここに、わたしの音が入る隙間はあるのだろうかと思いながら言うと、花はぱっと笑った。
 「弾いてください。わたし、公瑾さんの琵琶が好き」
 彼は、花をゆるりと見、そして首を振った。花はとても悲しそうな顔をした。こんな顔はさせたくない。それでも、いま弾いたところであの音色にはならぬだろう。彼は表情を保とうと努力しながら口を開いた。
 「もういちど聞きます。どうしてわたしを、ここに連れてきたのですか。」
 公瑾は問うた。しかし、その答えを、彼はもう知っていた。花が微笑む。
 「一緒に、ここに居ませんか。」
 変わらない微笑みを、公瑾はじっと見つめた。
 
 
 
(つづく。)
(2010.7.15)

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