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二次創作。はじめての方はat first はじめに をご一読ください。
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 書いている途中でPCの調子が悪くなり、ものすごい焦りました。
 でもなんとか、こぎつけた。

 というわけで、金曜日に間に合いました。
 更新最終日に、ラストまで。
 
 
 


 
 
 
 公瑾が何も言わずにいると、花は彼に顔を寄せてきた。
 「ね、公瑾さん。ここに居ましょう?」
 「…花」
 帰りたいと泣かれることは、いつも想定していた。玄徳や、あのいけ好かない孔明のもとへと泣かれた時にどう答えるか、どういう表情を見せれば彼女を納得させられるか、いつも頭の隅にあった。しかしこんなふうに連れてこられ、答えを求められるとは思わなかった。
 (…わたしも、まだまだですね)
 「聞きましょう。なぜです」
 「なぜって、見れば分かるじゃないですか。わたしのほうが聞きたいです。どうしてこちらでは駄目なんですか?」
 花の表情がせっぱ詰まったものになっていく。
 「公瑾さんだって見たでしょう? こっちでは、誰もぴりぴりしていない。公瑾さんが亡くなる確率だってずっと低いんです。いつも公瑾さんが出ていくたびに、わたしがどれだけ心配で泣くか分かっていますか? 水軍の訓練でだって、なにか間違いがあるかも知れない。都督なら、刺客だって居るでしょう。」
 花は泣かなかった。必死に言いつのりながら、泣きはしなかった。
 「一緒にこちらに居てくれませんか!?」
 公瑾は大きく息を吐いた。いらだったのではなかったが、花の肩が震えたのが分かった。
 「あなたは、わたしに、死に場所を求めるような生き方をするなと言った。わたしは心から同意しました。あなたのその問いは、あのときのあなたを、わたしを裏切っているのですよ。分かっていますか」
 「でも」
 「あなたがあちらで伏せがちになるのは…ずっと、そう考えていたからですか」
 花は、俯いた。
 「軽蔑、しますよね…」
 彼女の声は消え入りそうだった。
 「あんなに大切にしてもらって、大喬さんや小喬さんに仲良くしてもらって、仲謀だって気を遣ってくれたり、子敬さんにも親切にしてもらって、侍女さんたちだって…!」
 花は顔を覆った。すっかり薄暗くなった部屋に、その姿は溶けて消えてしまうかと思えた。
 「でも…でも、辛いんです! 寂しいんです! ここのわたしを、誰も聞いてくれない! 公瑾さんがずっとここのわたしに怯えているから、わたしがわたしであることがとっても怖くなる」
 公瑾は薄く目を開いた。
 「残りなさいと言われた時や婚儀の日の嬉しさはまだわたしの中にあります。でも、公瑾さんがわたしになにを見ているのか、分からなくて不安になる。公瑾さんが好きで好きでたまらないのに、どうしていいか分からないんです!」
 花は、こちらを見なかった。彼女は言葉通りに、恥じているのだ。そのことが、公瑾の息の根をまだ止めない。
 ――時折、もし彼女が自分の世界の生まれであったならと夢想した。そう思うことが彼女自身を裏切ることだと知っていたけれど、それを彼は一度ならず思った。 
 こちらで育たなければ、自分は彼女に惹かれなかっただろう。
 こちらで育たなければ、彼女は自分を伯符の悪しき影から引きずり出さなかっただろう。
 公瑾は、かすかに笑った。
 立ち上がると、花が体を硬くしたのが分かった。傍らに立ち腕を引いて立ち上がらせ、抱きしめる。彼女がもがいた。
 「こんな時に、抱きしめないで…!」
 「こうでもしないと、あなたは自分の中から出てこない」
 「出てこないのは公瑾さんです」
 「ええ、そうですね。わたしは、弱虫で、臆病ですから」
 自嘲しているつもりはない。しかし花はもがくのを止めた。
 「いつもまっすぐにわたしを見るあなたが、わたしの中の何を見破るか恐ろしくてならない。そういう意味では、あなたの言ったことは当たっています。…でもそれを、恨めしいと取らないでください、花。わたしはいつも、あなたの一番で居たいだけなのです。」
 胸に押しつけた花が、短い息を繰り返している。それは落ち着こうとしているように思えた。
 「あなたに優しい過去より、あどけない願いで満たされた未来より、わたしが、どんな姿でもいい、わたしだけが永遠にあなたの一番であればいいと思うのです。…くだらない見栄と、笑いますか」
 こうきんさん、と息だけが聞こえた。
 「わたしは何度でも嫉妬するでしょう。あなたが此処を懐かしみ泣くたびに、楽しげにこちらを語るたびに。あなたの手を握ったかもしれない者、あなたに付け文をしようとしていた者、あなたの笑顔を照らした陽、あなたが泣いている時に優しく吹いた風にさえ嫉妬する。それよりいつも、わたしのことだけ思っていて欲しい。」
 彼は唇をゆがめた。
 「…こんな言い方ではいけませんね。こういう夢にあなたを追い込んでしまったのだから、許しを請うよりほかない。」
 公瑾はいちど、口を閉じた。
 「…愛しているんです、花」
 結局、こう言うことしかできないのだ。これでは許しを請うどころか、彼女を追い詰めてしまうかもしれない。それでも、これしか残らない。彼は腕に力を込めた。
 「だからわたしの一生をかけて、あなたをあちらに留めてみせます。」
 何の明かりなのか、かがり火よりよく見える明かりが外から差し込んで、夜にもかかわらず窓枠の影が濃く斜めに壁に落ちている。旋律のない音が続いている。
 腕の中の妻が、ふ、と力を抜いたようだった。
 「…こんなにたくさん公瑾さんと話したのは、久しぶり」
 「そうですね。わたしも、あなたを妻にして油断していました」
 「どういう意味ですか」
 心外そうな声が聞こえる。公瑾は彼女の髪に頬を寄せた。
 「西域の珍鳥、南山の輝石、北の海獣の毛皮、東海の果実を捧げても、心が添わなければ、あなたとともに居る意味もない。そんな簡単なことを、わたしはすっかり浮かれてしまって忘れていました。」
 花が公瑾の胸をそっと押し、彼は改めて彼女を見下ろした。涙の影さえ見えない強い目だった。
 この光が自分に向けられなくなるなど、耐えられない。その可能性を知っていても、共に見たいものがある。
 「どうか、わたしと戻ってください。」
 花は公瑾をじっと見つめていた。やがてその表情がゆっくり緩む。
 その途端に視界に溢れた光に、公瑾は目を開けていられなくなった。
 
 
 
(つづく。
(2010.7.16)
 
 

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