二次創作。はじめての方はat first はじめに をご一読ください。
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(五)が未読の方は、ひとつ前におすすみください。
こちらは(六)になります。
こちらは(六)になります。
公瑾は、我に返った。
川風がかすかに肌に触れていく。水音が足下から聞こえる。暗闇に彼は瞬きした。回廊に立ち尽くしている清妙が目に入る。
「ご主人様、いかがなさいました」
「…清妙」
喉が酷く渇いている。
「わたしは、どうしたのです」
彼女は一瞬、怪訝そうにしたがその表情を恥じるように目を伏せた。
「ご主人様があの不思議な絵に走って行かれました。それにぶつかった、と思った時にご主人様はいちど消えたようでしたが、いまそこに立っておられます」
「では、僅かの時間も経っていないのですか」
「はい。」
答えを聞くなり、花が眠っているはずの部屋に駆け出す。深夜に似合わず乱暴に扉を押し開くと、紗の幕のむこうにかすかに寝姿が見えた。公瑾は手に絡みつく紗をいらいらしながらたくし上げ、寝台の傍らに寄った。震える手を上掛けから僅かにのぞく妻の顔にかざす。静かな息が手のひらをくすぐり、彼は全身で息をついた。
それを待っていたように、花の目が開いた。二三度瞬いたあと、視線がさまよう。公瑾が震える膝を床につけてその顔をのぞき込むと、花は、ほうっと笑った。彼は背が強ばるのを感じた。それは死にゆく人が見せる笑みに、あまりに似ていた。
「ゆめをみていました」
花が、ぼんやりと言う。何か言おうと思ったが、うまく唇が動かない。
――自分が拒否したから、この娘は死ぬのではないか。
「公瑾さんが、わたしの世界の格好をしてて、すっごく素敵だったんですよ」
幸せそうに花が微笑う。公瑾は顔を寄せた。
「わたしも、その夢を見ました」
囁くと、花は意外そうでもなく、僅かに頷いた。
「温かかったから、そうかなと思いました」
上掛けの中から花が力なく手を伸ばしてくる。それをやっとのことで握った。ひどく冷たい手に、死人のようだと思う。
「わたしずっと、公瑾さんに済まないと思っていました。」
「花、何を」
「お願い、聞いてください。…わたしは公瑾さんと婚儀を挙げる前も後も、色々なことを見聞きしました。玄徳さんのところで戦の意味を、孟徳さんのところで覇道の姿を、公瑾さんのところでひとを好きになることを知りました。でもわたしがどうしても得ることができないものがあります。公瑾さんに釣り合う身分とか、この世界で生まれ育ったひとだけが持つ同じ雰囲気とか。…公瑾さんはわたしを好きになって奥さんにしてくれたって知ってるけど、そういうものを、こちらの世界で大事とされるものを持っていなくてどうしようもなく焦る時があるんです。わたしにそれが無いばかりに、公瑾さんが悪く言われるのをよく聞きました。だから聞きたかった」
花はいつの間にか、その白い頬に涙をこぼしていた。公瑾はそれをそっと袖で押さえた。
「向こうに行くという選択肢があったなら、公瑾さんはどうするのか、知りたかったんです。…でもね、きっとこう言うだろうなって思ったことを公瑾さんが言ってくれて、とても嬉しかった。こういう人だからわたしはここに居るんだって、そんな簡単なことなのに、わたし、公瑾さんほど出来がよくないから時間がかかっちゃった」
公瑾は布団に顔を埋め、花の手を強く握りしめた。自分の体温がうつって、少しだけ温かくなった指先をなぞる。
すべて移ってしまえばいい。この愛しさも狂おしさも、白い滑らかな肌を抱くだけでは修まらない熱も。
「公瑾さんは、もう世界を選んでるんですもんね。伯符さんの目指した先を見つめて生きていくことを決めているんですから。」
花が、ふふっと笑った。
「わたしは、そういう公瑾さんが好きなんだもの。」
「…呆れましたか」
「まさか」
視線が合う。花の目は心底愛おしそうに公瑾を見ていた。
この瞳を見るたびに、おかしいほど心臓が跳ねる。
「花」
「はい」
「夢で言ったことは、本当です」
「…公瑾、さん」
「わたしのこれから先、孫家以外はすべて、あなただけのものです。」
花はひどく大人びた笑みを浮かべた。
「そういうところ、大好きです。」
公瑾は花の頬に手を伸ばした。触れると、幸せそうに彼女が目を閉じる。彼は僅かに頭を巡らした。
「清妙」
扉のすぐ外で、衣擦れの音がした。
「控えております」
「ここの長椅子で寝ます。上掛けをお持ちなさい」
「はい」
足音が遠ざかるのを確認して視線を戻すと、花が少し拗ねたような表情をしていた。
「一緒に眠ってくれないんですか」
「あなたの体が第一ですから、わたしはこの横に長椅子を置いて寝ます。でも、明日の朝はあなたが起こしてくれますね?」
頬を寄せて囁くと、花が頷いた。
「口づけ付きで、起こします」
以前に冗談で言ったことを覚えていたらしい。顔が熱くなるのを感じながら公瑾は彼女の頭を抱き込んだ。
あの夢を、この娘が己の命に触るほど悩み抜いて描いたあの「風景」を、自分は一生忘れまい。ほとんど分からぬ言葉で綴られた彼女のただ優しい思い出、屈託ない少女たちの笑い声、夕暮れの橙に染まった彼女の頬、闇の中の瞳。
ふと、その景色を背負うような気になりかけて苦笑する。長年の癖はどうも簡単に抜けない。
これは彼女とつながる指先に灯る、そういうたぐいのものだ。
「…許してくださいとは、言いませんよ」
安らかな寝息を聞きながら、公瑾は彼女の髪に口づけた。
(つづく。)
(2010.7.16)
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