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二次創作。はじめての方はat first はじめに をご一読ください。
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 公瑾さんと花ちゃん。の、お子さん話です。





 軽く戸を叩く音に、公瑾は我に返った。簡から目を上げる。この叩き方は妻ではない。
 「お入りなさい」
 己は区別しているつもりはないが、娘にはまったく違う――妻曰く「めろめろ」だという声音で返事をすると、案の定、小さな顔が覗いた。最近、やっと髪が結えるまで伸びた娘は、今日は顔の両側にちいさな三つ編みをふたつ、垂らしている。濃い桃色の髪紐が可愛らしい。
 「とうさま」
 公瑾は両手を差し出してみせた。娘が、その身に余る重そうなものを抱えて小走りに走り寄る。その背中で、侍女が礼をして扉を閉めた。公瑾は幼い子を見下ろした。
 「どうしました」
 娘は、明るい赤に染めた毛織物を公瑾に差し出した。
 「父様のおへやはさむいから、もっていきなさい、って」
 実を言うと、火鉢には炭がきちんと熾してある。だから娘の訪問は、休みのはずなのに仕事をしなければならない公瑾に対する心遣いだろう。公瑾は毛織物を娘ごと膝に抱き上げ、巻き付けた。娘は公瑾の胸に縋ると、笑った。
 「暖かいですか」
 「うん。」
 「はい、と仰い」
 「はい」
 途端にしゅん、として娘が口を曲げる。公瑾は娘の髪を撫でた。
 「母様は?」
 「いまね、おかしをつくっているの」
 満面の笑みを浮かべた娘に、公瑾は苦笑した。
 「母様は甘いものがすきですね」
 「わたしもすき!」
 「出来上がったら、一緒に茶にしましょう。」
 「うん! あ、はい!」
 公瑾の膝に立とうとする娘を、彼は苦笑して宥めた。ずり落ちた毛織物を直す。娘はもぞもぞと机に向き直った。
 「父様は、おしごと?」
 「ええ」
 「たいへん?」
 「もちろんです。」
 娘は、まだ読めない字の書いた簡を一生懸命身を乗り出して読もうとしていたが、すぐに諦めたようで、大きく首をねじって父を見た。
 「父様は、母様のどこがすき? ですか?」
 「…突然、ですね」
 「だって、母様は父様のことがだいすき、ってよく言うのに、父様が言うのはあんまり聞いたことがないもの」
 いかにもそれが理不尽だという口調に、公瑾は小さく咳払いした。
 「ちゃんと母様に言っておりますよ。」
 「わたしたちにはないしょ?」
 「ええ」
 「どうして?」
 幼い顔を見て、ふと彼は、女は小さくても女だという俗説を思い出した。舌もよくまわらないうちから男に愛の言葉をねだる娘のいとけなさよ。公瑾は娘の頬に頬を合わせた。
 「わたしの娘の末は傾国でしょうか」
 「けい? なに?」
 甘い肌を通してくぐもった声が聞こえる。公瑾は髪に手を添えた。
 「お前は、父様が好きですか?」
 「だいすき」
 ためらいのない声は、妻と似ている。妻ほど甘くないが、心地よい潔さに公瑾は微笑んだ。躰を離す。
 「お前には、父様にこれを持って来てくれた褒美を与えなければいけませんね。何がいいですか?」
 娘はしばらく考えるような顔で父を見ていたが、すぐ、伸び上がって公瑾の額を撫でた。思いも寄らぬところを触られて彼は動きを止めた。
 「つかれてるのつかれてるの、飛んでいけ!」
 真面目な顔の娘をしばし眺め、公瑾は盛大に笑い出した。どうしてわらうの、とふしぎそうな娘を抱きしめ、なおも笑う。
 妻の子だから、仕草や面影が似ているのは道理だ。それでも、ほんとうにこの子はわたしの娘だろうかと思う。妻と同じように、己の知らぬ場所からやってきて、いつか帰るのではないか。似すぎていて不安になる。
 「お前も、面倒な男を選びそうだ」
 公瑾の呟きにただ首を傾げるばかりの娘を抱きかかえ、彼は立ち上がった。
 「少し早いけれど、お茶にゆきましょう。母様を寒い廊下に出す前にね」
 「おかし!」
 娘が顔を輝かせた。でたらめな旋律を上機嫌で歌い出す娘をたしなめながら、彼は小さい体を抱き直した。


(終。)
(2012.12.13)

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