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二次創作。はじめての方はat first はじめに をご一読ください。
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 都督リクエスト、最終回その1 です。
 樹さま、リクエストからお待たせして申し訳ありませんでした。お気にめしてくだされば幸いです。
 
 


 
一、
 
 
 
 公瑾は、窓辺でかるく息を吐いた。
 「…それで」
 「ご推察の通りです」
 聞く者がいれば、梢が揺れた音としか聞こえないだろう。しかし間者の話し方に慣れた公瑾には十分だ。
 明日、城下の警備責任者を呼ばねばなるまい、と彼は思った。万が一ということもある。
 「しかし、どうにも稚拙な手だ。それより裏はないのですか」
 「繋ぎがすべて、『彼』で途絶えます。」
 手練れの彼の言葉に、公瑾はふ、と唇を歪めた。
 「よろしい。お前はこれでこの仕事から離れなさい」
 「承知いたしました」
 気配が消える。公瑾は顔を上げた。灯りを消した室内に、窓越しの月が彼の横顔を映し出している。
 彼は目を薄く開き、袂から髪飾りを取り出した。妻が今日の朝、付けていたものだ。
 所々に金粉が散った深い青の小石が、子どもが描くような丸い花のかたちにまとめられている。それが並んで五つ咲いている、清楚な作りのものだ。全体の細工としては稚拙だったが、束ねた髪に沿うように全体が丸みをもたせてあり、彼の妻のような、まだ幼さを残す顔立ちの娘には似合うことだろう。実際それは、花によく似合っていた。
 誰に貰ったのですかと若干の嫌悪を込めて聞けば、自分で買ったと言う。彼女は先頃、正式に呉に仕官し、公瑾の秘書のような形で働いているので、給金を受け取っていることは確かだ。しかしそれは高額なものではない。
 公瑾の妻ということは周家の財産を管理する立場にあるということだ。彼女は、古参の使用人の言うことをよく聞き家計を見ている。もともと普通の暮らしだったというから華美を知らぬだけであろうが、公瑾にとっては心配の種がひとつ減った。逆に、宴でもなければ着飾ろうとしない彼女に、少しは飾りを付けるように言うほどだ。
 その彼女が自分で購入したという、この髪飾り。口元に寄せると、彼女の髪の香りがするような気がする。誰よりも柔らかでしなやかなあの髪の香り。
 (西域ではお守りにする石なんですって)
 にこにこと邪気なく笑いながら彼女はくるりと回って見せた。裳裾がたゆたい、広がる。はしたない仕草だが、彼女はその動作が好きなようで、わざと勢いを付けて回ったりする。
 (もう少しお給金を貯めたら、公瑾さんにも何か贈りますね)
 (楽しみにしています)
 微笑んで返せば、花も顔を紅くして笑った。その表情を思い出すと、自然と笑みが零れる。…だからこそ、不安になる。
 似合っているのは事実だ。だが、見過ごせないことがある。
 「もう少しお給金を貯めたら、ですか…わたしには、あなたがわたしを見て微笑んでくれるだけでじゅうぶんなのですよ、花」
 公瑾はため息をついた。意外に頑固な妻をどうやって説得しようかと考えながら、彼は月の影から離れた。
 
 
 
二、
 
 
 
 妻が、引き出しという引き出しを開けては首を傾げている。その様を寝台からしばらく見ていた公瑾は、身を起こした。
 「花」
 彼女の背が強張り、おそるおそる振り返る。その視線を捕まえ、公瑾は微笑んだ。
 「どうしました、もう夜更けですよ。こちらに来たらどうですか」
 「…公瑾さんですね」
 「何がです?」
 「公瑾さんでしょう?」
 花が立ち上がり、寝台に走り寄ってくる。
 「あれを見せたの公瑾さんだけです。あの日は公瑾さんが急に水軍の視察に出かけて、わたしはここに戻って侍女さんたちと過ごしてましたもの。公瑾さんでしょう?」
 「さて、あれ、とは」
 花がむう、と頬を膨らませた。
 「そういう言い方をする時の公瑾さんは、もう大抵なんでも知ってます。」
 やれやれ、と聞こえよがしに呟いて公瑾は花の頬をつついた。
 「あなたもずいぶん修行しましたね」
 少し頬を緩めかけた花は、慌てて怖い顔に戻した。
 「もう公瑾さんてば! あの青い石を使った髪飾りのことですよ。どこにやったんですか?」
 公瑾は目を開け、にこりと笑った。花がさっと表情を改める。
 「ひとつ、お話があります。」
 「な、なんでしょうか」
 「あなたがこれを購入した店は得体が知れない。あなたが交際するのは、周家に出入りの者にしてください。」
 花は目を白黒させた。
 「あの店って…えっと、買ったお店をどうして公瑾さんが知ってるんですか?」
 公瑾は袂からあの青石の髪飾りを出した。花が目を丸くする。
 「この青い石ですが、あなたはどう聞きましたか。高価なものだということは?」
 花が勢いよく首を横に振った。
 「そんな高価なものだったら、自分用の飾りなんて、もともと買おうと思いません。あ、この家のお金なんてもちろん遣ってないですよ?」
 「あなたを飾るものであれば遣っていただいてもよろしいのですがね。」
 「そんな、わたし、際限が分からないから怖いです。」
 花は首をすくめて言った。公瑾はその手を引いて自分の横に腰を下ろさせた。
 「あなたの世界にも似たものはありましたか?」
 「はい。こういう青い石がついた小さいブレスレット…あ、いえ、腕飾りだったらわたしのお小遣いですぐ買えました。」
 公瑾は息をついて立ち上がった。指先で髪飾りを回す。
 「そうですか。だから警戒が無かったのですね。」
 振り返ると花が小首を傾げていた。
 「そんなに高価なものなんですか? その石…」
 「ええ。どう軽く見ても、これであなたの俸禄の一年分はあります。もしかしたら、三年分はあるかもしれませんね。」
 花の目が丸くなった。
 「そ、そんなお金を払わなきゃいけないものなんですか!? ど、どうしよう」
 「その点に関しては、わたしが解決します。あなたは今度一切、あの店に近づかないでくださればいい」
 花が唇を噛んで俯いた。
 「あの、公瑾さん。わたし…迷惑をかけてしまったんですか」
 「迷惑ではありません。あなたが知らぬことに、相手がつけ込んだだけだ。その点ではあなたに非はない。」
 「公瑾さんは、その相手が分かっているみたいですね…?」
 「さて、はっきりとは分かりません。ただこの呉に何らかのかたちで災いをもたらそうとしていて、そのひとつにあなたの存在が考えられる可能性が高いことが分かっただけです」
 花が急に怯えたような目になった。手を膝の上で強く握りしめる。何度かためらったのちに口を開く。
 「この間、侍女さんと侍童さんと街へ行った時に、その店を見付けたんです。とても小さい店でした。お客さんは居なかったので閉まっているのかと思ったんですけど、侍女さんが、卸をしている店でございましょうと教えてくれました。そうしたら店の人が出てきて、わたしにあの髪飾りを見せてくれたんです。侍女さんは商人さんを下がらせようとしてくれたんですけど、わたしがいいって言ったんです…」
 その先を彼女は言わなかったが、聞こえるような気がした。
 (懐かしかったんです)
 知った石だったから。
 自分のお小遣いで買えることを知っていたから。
 「商人さんはいろいろ話してくれました。呉に代々住んでいること、青い石のこと、仕入れの困難さ。これは少し傷が入っているから安いのだと、魏から特別な加工技術を盗んでいるのだと笑いました。…わたしは、信用しました。」
 花がぱっと顔を上げた。小さな手を胸元できつく組んでいる。
 「どうして駄目なのか、教えてください。わたしの何がいけなかったんですか?」
 「先程も言いましたが、あなたに非はありません。」
 花は口惜しそうに、傷ついたように唇を歪めていた。だから言いたくなかったのだ。公瑾は心中で、その店に激しく八つ当たりをした。
 公瑾はゆっくり妻を見下ろした。
 「両隣は古い商家です。文台様の頃からあそこにいる。しかし、あなたが気に入っているあの店は、先頃、あなたがわたしの妻となったのちにあそこにできました。これに関しては証言も取っています。この石は、傷が入っているから安いのだと言いましたね? 嘘です。これは、傷さえもその石の景色として珍重され、また砕けば高価な顔料となって富を得ることができる。あなたが支払う対価では、とうてい利は出ません。実際、あなたは、店は空いていると言った。何か別の目的があるのだと考えざるを得ません。
 「別の…」
 「店は表向きで、これから城下を荒らそうとしている賊の住み家かもしれません。しかしわたしが懸念するのは、それより大きなことです。」
 花が口を開けて、閉じた。
 「彼が『蔓』であった場合の事態です。」
 「つる、って何でしょう」
 「間者です。」
 公瑾は短く息をついた。
 「彼はあなたに接近した。周家の、呉の都督の妻であり、三国を知るあなたに」
 ひそやかに断定すると、花は顔を青ざめさせた。黙り込む彼女の前に膝をついてその手を取る。手を取られて彼女は震えたがこちらを見ようとしなかった。
 「公瑾、さんは」
 つかえながら彼女は小さな声で言った。
 「公瑾さんは、最悪の想像ばかりしすぎじゃないですか?」
 「そうかもしれませんね。でも、ことが起こってからでは遅いのです。あなたは、この公瑾の妻、都督の妻です。都督というのはどういう職務か、ご存じですね?」
 花が、小さく頷く。しかし、口を開こうとしない。彼はひそかに唇の端をつり上げた。彼女の中では、いろいろな感情がせめぎあっているのだろう。
 「都督というのは、諸州諸軍の長官です。兵権を行使できる、その長だ。…それは自由で、同時に不自由なことです。」
 妻はちらりと、怪訝そうにこちらを見た。それをとらえて、微笑む。
 「あなたのために、この身のすべてを懸けることができない。」
 花の身が固まった。
 「わたしはあなたを愛している。あなたを失えば、わたしは生きながら死ぬ。あなたに何かあれば、その何かの質にかかわらず、わたしは相手を天の涯まで追うでしょう。たとえ神が止めても八つ裂きにすることを願う。それでも、現身のわたしはそれを許しますまい。わたしは、都督です。あなたひとりのためにこの強い力を使うことはできない。分かりますね? …無論、わたしの交渉を持ってすれば、あなたのために神すら動かすでしょうが」
 公瑾は自然、笑った。
 彼は確信している。彼女に不幸な「何か」あるというなら、その定めを変え、星を堕とそう。
 そしてそれは成功する。
 わたしは、彼女を離さない。
 崩れるように花が抱きついてきて、公瑾は床に押し倒された。泣きそうな声で、花が彼の名を繰り返している。苦笑してその背に腕を回した。
 「何度も言いますが、あなたに非のあることではありません。」
 「で、でも」
 「ただわたしが心配性なだけかもしれない」
 「…いいえ」
 花は顔を上げた。目は潤んでいたが、視線はとても強かった。
 「公瑾さんに、そんな道は取らせません。」
 妻の唇が震える。彼は腕に力を込めて微笑んだ。
 「では、わたしへの贈り物はまた考え直してください。」
 「はい。…ごめんなさい」
 彼は花の髪に頬ずりした。
 
 
 (つづく。)
(2010.8.9)

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