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公瑾さんと花ちゃん、婚儀後、しばらくして、です。小ネタ的な。
花はぼんやりと足音を聞いた。本当にかすかに夜気の匂いがして、扉が閉まる。完全に気配が遠ざかって、花は目を開けた。この三日、毎晩、これが繰り返されている。
夫が夜、寝床を抜け出すのはそれほど珍しいことではない。火急の件といって呼び出されることもある。寝ているところを起こすなんてと花は今でも理不尽と思うが、彼にとってはその感情が甘い、らしい。今夜はどちらだろうと耳を澄ますと、人の足音や馬の蹄の音は聞こえない。邸は静まり返っている。とすると、ひとりで考え事だろう。
結婚したばかりの頃、彼が夜中に寝床を抜け出すことが続いたときは不安になり彼に古くから仕えている侍女に相談したことがある。花の母に近い年齢の彼女は、奥方さまもご存じでしょうとそれは優しく、あるじの仕事とその重責について諭したものだった。そして、以前はそういうときは琵琶を手になさっておいででしたと微笑んだ。
そんな夜の音色は近頃、聞かない。自分を起こしたくないからではないかと言った侍女の言に従いたい。確認しようもないことだけれど。
花とて、彼の職務を知らないわけではない。というより、この邸の誰よりも近くに居た。けれどこうして彼の懐に入ってしまえば、夫としての彼ばかり大きくなる。
あのひとは今頃、鎧や剣が置いてあるあの部屋で考え事だろうか。それとも回廊で闇を見ているのだろうか。
花は胸元をかき合わせ、目を閉じた。本当は、色々気にしたい。こんな闇夜に考えごとをしないほうがいいと、背を、髪を撫でていたい。あのひとの隣で初めて、ひとを抱き、抱きしめられていれば和らぐ闇を知った。その腕に託せないものは、もとの世界の歌を忘れかけていることに気付いた夕暮れや、あのひとが遠出した夜の部屋の広さに感じるおぼつかなさくらいだ。
こんな夜のあなたも、そうではないかと思っている。糺したことはない、これからも聞けないだろう。だからわたしはあなたのところに行かない。眠って、あなたを待つ。そうしてあなたは、あくる朝、わたしが寝言を言っていたとかなんとか言ってわたしをからかうのだ。そのすました顔も、嫌いじゃないから困る。
あっという間に眠気がやってきた。眠りに落ちる直前、頬を撫でられたような気がしたが、ただの願望だろう。あのひとがどんなに足音を殺しても、この部屋に来るときはわかるはず。わたしは、あなたの。
(奥さん、なんだもの)
夢うつつでさえ照れる言葉だなあと、花は微笑った。
(2014.9.19)
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