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この幻灯カテゴリは、chickpea(恋戦記サーチさまより検索ください)のcicerさまが書かれた、『花文若』という設定をお借りして書かせていただいています。
掲載に許可をくださったcicerさま、ありがとうございます。
『花文若』は、最初に落ちたところが文若さんのところ・本は消失・まったく同じループはない、という超々雑駁設計。この設定は のえる の所為です。
なお、今回の更新は『妄想畑。』(恋戦記サーチさまより検索ください)の、「孟徳さんと花文若さんのデート」に着想を得て書かせていただきました。きなこ餅さま、読みたいと言ってくださって、ありがとうございます!
せわしなく行き来する人々は、年齢も階層も様々だ。
表通りには店が建ち並び、細い横道にも簡単な幕を張っただけの店が並んでいる。慌ただしく荷を下ろし、また付けて出立する者がいる。客を呼び込む声に、値切る声が重なる。貴族夫人の髪飾りがきらめく向こうには、親とはぐれて泣く子がいる。高価な西の馬をこれ見よがしに引いて歩く男を、路地の暗がりから見定める暗い目がある。軽い笑顔を浮かべた美々しい娘たちに、甘い笑顔の男が寄り添っている。ほつれた髪の女の背には、瞬きもしないやせた赤子が背負われている。売りに出された鶏がしきりにときをつくり、飢えた犬がその鶏を狙っている。この国や遠い西、南の言葉、香り、色が混ざり合って幅のある通りいっぱいに響いている。
「はい、おまちどおさま」
嗄れ声に我に返る。瞬きしたら目の前に大きな饅頭が置かれていた、そう思うほど、あっというまに給仕された気がする。湯気で顔を赤くした初老の女あるじは、丸太のようにたくましい腕をさすりあげながら、花を見つめた。
「どうしたんだい、ぼうっとして」
花は微笑んでゆるく首を振った。こんな、何もしない時間は少ない。仕事とあるじは、決して彼女を放っておかない。まあ、この状態もそのあるじに強要されたものには違いないが、あのひとがこんなふうに行動するときは、反論するだけ無駄だ。今日だって、と彼女は目を細めて外を見た。素晴らしい青空だから外に出たい、とは、まったく子どもらしい言い分だ。彼女は瞬きして饅頭を見直した。
「おいしそう」
盛大に湯気の上がる饅頭は、世辞でなく旨そうだった。旨いさ、と女あるじは大きくうなずいた。確かに人気のようで、やや傾いた床几がひとつしかない店先は客が途切れず、頬を真っ赤にした売り子の少女たちが手際よく客をさばいていく。花は、ふつうは客を入れないらしい店内の隅で、傾いだ床几に腰掛けてそれをぼんやり見ていたのだった。
「あの男が連れてくるのが、あんたみたいな女の子とはね」
素朴な驚きに、彼女は笑った。いくら身をやつした格好でうろついていても、ただ人には見えないということだろうか。それとも、本当の遊び人に見えるということだろうか。どっちにしても問題だ。
「女の子、という年齢でもありませんけれど」
花がなおも笑って言うと、女あるじは盛大に鼻を鳴らした。
「あたしより若い子は女の子、だよ。」
「簡単ですね」
「簡単でいいのさ、こういうことは」
花はひとつうなずいて、饅頭を取り上げた。存外、重い。ほおばると、中からあふれだす熱い空気にむせそうになるが、それよりも多く入った具に驚く。どうりで重いはずだ。味付けはずいぶん塩が効いているが、さっきまで通りをさんざ歩かされた身にはちょうどいい。あのひとと来たら、自分がこういう女だと知っているはずなのに、手を変え品を変え、きらびやかな装飾品を送ろうとするのだ。表通りの流行の店から、裏通りの秘密めいた店まで、よくもまあこんなに知っているものだと感嘆してしまう。そう口に出すとお前は本当にうといなと笑われたから、ではこの街中の筆屋と本屋に案内しましょうかと言えば苦笑された。あの苦笑はまるで、世慣れた兄が頑固な妹を見るようだったと思う。
そして最後に、ここに連れてこられたっきり、彼はどこかへ行ってしまった。でもここはとても落ち着いた。まっとうな活気は居心地がいい。何より、誰も自分に気を向けない。
花は土の匂いがする温い薬草茶を一口飲んでから、女あるじに頷いた。
「とてもおいしいです。」
女あるじは、うれしげに笑った。
「あんた、眉間のしわが取れたよ」
「あら」
少し大げさに眉間を撫でると、女あるじは、子を見るような目になった。
「あの男に困らされているようなら逃がしてやろうと思ったけど」
素朴な気遣いがふと、身に染みた。
「逃げられたものじゃありません」
女あるじは、花を上から下まで見た。街に降りるんだからと、普段よりは女のような格好をさせられている。下級貴族の身なりくらいにはなっているはずだから、遊び人にたぶらかされた嫁き遅れにでも見えるだろうか。
「あの男はあんたのいいひとかね」
率直だった。花は緩く首を振った。女あるじは気遣わしげに片眉を上げたが、すぐよそを向いた。
「良くないね。…まあ、結局は男と女のことだけれどね。」
誰がと、このひとは言おうとしたのだろう。
わたしは環のたびに、行きずりにあのひとに抱かれているようなものだ。どちらが性悪と言われたら答えに困る。どのみち、わたしの誠はここにはいないひとが持っていってしまった。
突然、背中が温かくなって後ろから腕が回された。首筋に息がかかる。
「なになに、俺の悪口ー?」
「そうだよ」
女あるじは豪快に笑い飛ばした。孟徳は立ち上がり、花の手の中に残った饅頭を見た。
「それ、ちょうだい」
あなたはいつもそんな顔でねだる。
「これはわたしのものです。」
「だからさ。」
花はできるだけ大きく口を開けて饅頭を飲み込んだ。孟徳がおかしそうに笑い出す。もう一つね、と朗らかに言い、花が腰掛けている狭い床几に無理矢理腰を下ろした。ようやく饅頭を飲み込んだ花の後れ毛を指に絡め、孟徳は顔を近づけた。
「気に入った?」
「こういうお店を、よくご存じですね」
「侍女たちの噂話。君も気に入ってくれてよかった。今度から君への差し入れはこれにするよ」
「そのたびにこちらに来られては困ります」
「大丈夫、元譲を来させるから」
「…やめて下さい」
孟徳はまた笑って、花の髪を手放した。ちょうど来た饅頭をほおばる。
このひとはこうして、わたしの前に玩具でも差し出しているつもりだろうか。…玩具、と心の中で繰り返す。繰り返す環のなかでは、わたしがこのひとの前に差し出された玩具のような気がしていた。けれど、それはまったくの被害妄想というやつかもしれない。わたしこそが、天下の丞相を振り回す稀代の悪女だという官たちの噂も、あながち的外れではないかもしれない。だってわたしがねだっているのは、ただ健やかな世だ。あなたこそが血と炎の果てに体現しうる、そして成し遂げたいまだ。
「戻りましょう」
「やだ」
「ではお先に」
床几に代金を置いて店を出る。雑踏は自分を心地よく押し返す。どうせあのひとはすぐ追いついてくる。いつもと同じ、離してはくれない。そう疑わない自分は、環に狎れてしまったのだろうかと思った。
(2014.10.1)
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