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子龍くんと花ちゃん、婚儀後です。…が、翼徳さんと花ちゃんばっかりです。
甘い匂いに、花は満足そうに笑った。少しづつ貯めておいたお金で、やっと買えた蜂蜜だ。いま、この小壺を覗き込んでいる自分を見たら、師匠あたりは生き生きとからかってくれるだろう。それでもかまわない。この蜂蜜を売る行商人は年に何回も来ないし、来たとしてもこの都に来るまでのあいだに売り切れていたこともある。だから、これを手に入れられるのは運がいいのだ。子龍に自慢しよう。少し漢方薬のような匂いのする薄い茶色の蜂蜜は、芙蓉姫に以前にもらって以来、好物だった。
市は相変わらず混み合っている。ここ何日間は南からの隊商が到着したとかで、この土地にない眩い色彩の髪飾りや布が大きく広げられ、人出も多い。天気もいいから、なおさらだ。
「はーなっ」
呼び声と同時に、思い切り後ろから抱きつかれ体重を掛けられて、花は息が止まった。すぐに、横顔で翼徳だと分かったので、肩の力を抜く。
「重いです、翼徳さん」
「えへへ、久しぶり~」
翼徳は花から手を放すと、笑った。
「久しぶり、だなんて。三日前にも会ったでしょう」
「そうだっけ? だって花は、調練してるところに来ないじゃんか。」
勤務中に夫と顔を合わせるのも照れくさいし、子龍があまり来ないようにと繰り返し言うから、最近はすっかり足が遠のいてしまった。花は上目使いで翼徳をにらんだ。
「翼徳さんがちゃんと机のお仕事してくれてたら、会えますよ?」
彼は大げさでなく、うんざりした表情になった。
「もー花ってば、孔明みたいなこと言うなあ!」
「師匠ですもん」
「そうだけどー。」
唇を尖らせた彼は、すぐに好奇心いっぱいの顔で花を覗き込んだ。
「何か美味い物でも買ったのか?」
「はい! 今回、やっとこの蜂蜜が手に入ったんです!」
花が小壺を見せると、翼徳がおかしそうに笑う。
「それっぽっち?」
「おいしいんですよ、これ」
「蜂蜜がうまいのは知ってるけどさ、花ってば小食だなあ。」
「いちどに食べるんじゃありません。風邪の時とか、少し疲れた時とかにお湯に溶いて飲むといいかなと思って。」
翼徳の顔が輝いた。
「あ、じゃあ、風邪をひいたら花のところに行けばそれが舐められるんだな?」
「翼徳さんにはあげませーん」
「あはは、だよなあ」
彼がすぐに引いたので、花は意外に思った。それを察したのか、翼徳がきまり悪そうにあさってのほうを見た。
「雲長兄いに言われたんだ。もう花が作ったものを食べたい食べたいって言うなよって。同じものなら俺が作ってやるからって」
「雲長さんが?」
花は瞬きした。翼徳が大きな背を縮こまらせるようにして声を潜めた。
「うん。花が作るものは、子龍のものだから、って。」
頬があっと言う間に熱くなる。雲長らしい気遣いと言えばそうなのだが、そんなところまで気遣われていたとは知らなかった。
確かに自分はもう子龍の妻だ。だからと言って、彼らとの距離を変えようとは思わなかったのだが、そういう配慮も必要なのだろうか。翼徳がうまいうまいと食べてくれるのを見るのは好きなのだが。
「あとさ、子龍の機嫌が悪くなる、らしい。」
翼徳はあやふやな言い方をした。
「そうなんですか?」
「うん。俺が、花にもらった団子だぞって食べてたら、そのあとすごく機嫌悪かったんだって、兵士たちが言ってた。すごい、怖いんだって」
翼徳は、うん、と伸びをした。
「俺はどんな子龍と打ち合ったって平気だけど、兵士がそれじゃかわいそうだもんな。」
きっと、雲長からそう言い含められているのだろう、翼徳は神妙に口にした。花は目を細めた。特に厳しいことで評判の翼徳の鍛錬だけれど、あれを生き残れないことにはいくさ場に出ても長らえないだろうと、いつか玄徳が漏らしていた。そして花の夫も、それをなりわいとしている――
すいと翼徳の顔が寄って、花は我に返った。
「でも、いつか、ちょっと舐めさせて」
期待に満ちた顔は、花が断ることなど想像もしていないようだ。花は胸を張った。
「子龍さんに許可をもらってきてください」
「えー」
翼徳は大声とともに両手を挙げた。それがいかにも困っているふうで、花はつい笑ってしまった。翼徳はしばらく眉尻を下げていたが、花が笑うのにつられたのか、一緒になって笑い出した。
(2014.12.10)
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