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☆ご注意ください☆
この「幻灯」カテゴリは、chickpea(恋戦記サーチさまより検索ください)のcicer様が書かれた、『花公瑾』という設定をお借りして書かせていただいているtextです。
掲載に許可をくださったcicer様、ありがとうございました。
『花公瑾』は、最初に落ちた場所が公瑾さんのところ・本は焼失・まったく同じループはない、という超々雑駁設計。
雑駁設定なのは のえる の所為です
何をよんでもだいじょぶ! という方のみ、続きからどうぞ。
花公瑾さんと伯符さん、子敬さん。
回廊に出るなり伯符が足を止め、子敬はそのおもてを振り仰いだ。自分よりはるかに背の高いあるじを見るときは、必ず振り仰ぐ、という体勢になる。
「いかがなさいました」
そのひとは仏頂面のまま、向こうを指さした。時折強く吹き付ける風に、どこかの窓が大きく鳴っている。歩哨たちのかがり火以外に動くものの少ない夜の宮で、遠くに見えるその部屋の灯りは殊に眩しく見えた。
「あれは、都督の部屋でございますな」
「まだ仕事をしている。体を労われと何度言っても聞かん」
いかにも苦々しく言った若いあるじに、微笑む。
「わが君の指示は嵐のごとく、ですかな?」
「子敬」
あるじが気まずそうに唸り、子敬は小さく声を上げて笑った。性急とは言わないが、色々なことを思いつき、指示が早いあるじに仕えるには、己も俊敏でなければ務まらぬ。子敬は、自分などのんびりしているほうだと自負している。公瑾が自分に仕官を勧めるときに言ったように、あるじが歩調を乱す小石も必要であろうと思っているから変える気もない。
「無理難題、というものは無かったように思いますが」
「本当に無理難題ならば、あれは一も二もなく蹴るよ」
子敬は深く頷いた。あるじであろうと、あのひとの言いようは容赦ない。紅い唇が、こうも辛辣に微笑むのかと思う。
「北の勢力の南下も始まろうという頃合いですからな」
伯符はむっつりと頷いた。
「仕事が増えたのはその通りだがな。」
「…さて、わが君の懸念はどちらに」
「北の勢力の間諜が多くなってきた」
子敬はゆっくりと何度も頷いた。大潮のように、夏の気温のように、それはどこからともなく囁かれ始め、低音でもうるさいほどになっている。
「それこそ、こちらの情勢をうかがっているのでございましょう」
「それだけじゃなくてな。」
「ほう」
「公瑾が俺に見せた。えらい艶っぽい誘いの文だ。堂々としたものさ、あのおっさん」
伯符は手のひらを開いて、閉じた。その文をそうやって握りつぶしたのだろう。なるほど、色好みで知られる北の君主が、女の都督などという珍しいものを放っておくとも思えない。予想の行動だ。
「ああ、わたしにも風聞は流れてきておりますな。」
「なに」
「女だから、絹と玉で口説かれればなびくであろうか、と。おおかた、間諜が話を広めているのでありましょう」
「馬鹿を言え」
伯符は雄々しくせせら笑った。
「あれがそんなものに誘われるか」
「我々はそう思います。しかし同時に、その状況を知らされるふつうの人々はどうでありましょうなあ。」
――あなたの、女なのだし。
それは誰も言えぬが、誰もが知っている。いつ、絹と玉で飾られてあなたに秘蔵されるかと噂する。
「早くも恭順を囁く方々は、都督を船に乗せて送るべしと言い出しておりますからな」
「兵も付けてか」
伯符は破顔した。
その時、部屋の灯りが消えた。人影がふたつ、静かに出てくる。伯符がそちらに歩き出したので、子敬も従った。部屋の前で礼を交わしていたふたりが、小さい声を上げた。
「わが君」
直立不動になったのは伯言だった。まだ幼さの残る顔立ちは緊張に強張って、おそらく子敬は目に入っておらぬだろう。伯符は鷹揚に頷いて笑みをみせた。
「ご苦労」
「まあ、わが君」
公瑾がいつになくなよやかに礼を取った。
「遅くまで、ご苦労」
「大きな戦になりそうですから」
さらりと彼女は言い、かたわらの伯言を顧みた。
「彼にもよくよく働いてもらうことになりそうです」
「都督の目にかなったということか。頼もしい」
伯符が大きく頷く。彼女に推挙された身では口にするのも憚られるが、ともかく、彼女の人選に外れはない。先を見通す目でも持っているのかと思う。
公瑾が伯言に頷いてみせると、彼は再び礼を取って辞去していった。それを見送り、公瑾が伯符に向き直った。先ほどまで伯言を見ていた年長者のまなざしはきれいに消え、生真面目な表情になっている。
「このような遅くまで、何かありましたか」
「いや。子敬としゃべっていただけさ」
公瑾の視線が流れてきたので、笑って頷く。彼女もほっとしたように微笑んだ。
「それならば、良うございました」
「おい、子敬に確かめただろ」
「わが君はわたしに隠し事をなさって単独で動かれることも多いですから。」
朗らかな声に伯符がむっつりと黙り込む。強い風がまた、吹いた。三人はしばらく黙っていた。しかしそれぞれが胸の内は違うだろうと、子敬はひっそりと考えた。
「お前」
ややあって、僅かにためらうように伯言が口を開いた。
「はい」
「胸くそ悪い文はまだ来るのか」
公瑾は瞬きして、笑み崩れた。待ちかねた文を受け取った娘のような、匂いやかな風情が立ち上る。軽装とはいえ、腰に剣を帯びた娘がすると、凄艶ですらあった。
「ええ。」
「…楽しそうだな」
「目的はともかく、あの方の文は一流ですよ。本当に、大概の女というものをよくお分かりです。それに、あのお方以外にも、ずいぶん熱っぽい文を下さる方がおります。このあいだは、わたしが死という恭順を示せば万事うまくいくと、素敵な毒も付けてくださった方がおりました。」
子敬はさすがに彼女を見つめた。彼女の笑みは変わらない。
「毒」
伯符が唸る。
「わたしが、死に方が分からないとでもお思いなのでしょう。ご親切なことです。」
ことさらにおっとりと聞こえる言い方で、化粧の仕方でも話しているようだ。伯符が居住まいを正した。
「死ぬなよ」
「ありがとうございます」
「お前が死んだら、国は終わる」
「伯言がおりますよ。」
「公瑾」
「分かっております。こんなところで死にはしません」
彼女は微笑む。何の熱もなく、目が、口元がそれを形作る。
「わたしを殺すことができるのはわたしだけです。」
公瑾は緩やかに礼を取った。そのまま去っていく。子敬は、彼女の足音が消えてから、あるじの顔を見上げた。
刹那、かがり火が消えた。
もし自分がいなかったら、あるじは彼女を追いかけるだろうか。己の傍らにあるべき女にあんな言葉を投げつけられて平静でいられる男はいないし、ましてこのあるじであれば、それを恥と思いかねない。
初めて会ったときも、どこか不穏な女性とは思った。なるほど、その聡明と果断は世に隠れもないが、彼女と向き合っていると、かすかに居心地が悪い。なぜかと己に問うが、答えはわからぬ。ただ、常に覚悟を突きつけるような眼差しが、その理由かもしれない。このあるじの傍らに在る臣に覚悟が足りぬとは誰も言わないだろうが、彼女はそれとは違う何かをまとっている。
「子敬、気を付けて戻れ」
闇がしゃべる。子敬はゆっくり、礼を取った。
「わが君も、どうぞお気をつけて」
われらの都督ではなく、あなたこそが国の柱だ。北の主君が彼女に文を出すように、みな、少しづつはき違えている。それすらも彼女の策かもしれないがと、歩みながら彼はひっそり、ため息をついた。
足音はついに、聞こえてこなかった。
(2014.12.1)
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