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雲長はため息をついて子龍を見返した。
「俺のところに来るのは最後だろう?」
子龍は大きく瞬きした。
「そうですが…なぜご存じなのですか?」
「さっき翼徳が腕いっぱいの果物を抱えて歩いていた。玄兄は新しく組紐にする糸を持って部屋に引っ込んだ。芙蓉姫は衣をあつかう城下の店に突撃する勢いで出かけて行ったし、孔明殿は新しい教材を持ってえらく上機嫌だった。」
子龍は一瞬あっけにとられた顔をしたが、すぐに唇を噛んだ。いくさで打ち負けたかのような非常に悔しそうな顔に、雲長の唇の端に淡い笑みが浮かんだ。子龍はぴしりと礼を取った。
「では、失礼いたします」
きびきびと背を返す子龍に雲長はまた息をついた。
「どうするつもりだ」
すでに扉に手を掛けている子龍は、きりりと振り返った。
「こうなっては致し方ありません。先んじて花殿にお渡ししなければ」
「おそらく孔明殿がもう渡しているぞ。彼女が働いているのは孔明殿の執務室だ」
子龍の顔が凶悪なまでに歪んだ。
「…残念です」
「もうあきらめて、全員で祝うことにしたらどうだ。あいつのことはみな気に入っているし、何よりも芙蓉姫に知られたからにはただでは済まん」
わざと剣呑な物言いをするが、子龍は額面通りに受け取ったようだ。表情が厳しくなった。だがひと呼吸のちに彼の表は鎮まった。子龍はちいさくかぶりを振った。
「わたしも、彼女の『誕生日』とやらを知らなければこのように悩みはしなかったのです。ですが、花殿の生まれた場所ではそれを祝うのだそうで…花殿は、こちらに来た日を祝うべきかとも言っていました。そのように晴れがましい日であるならば何か贈り物をとも思ったのですが、花殿はとくにいらないと」
子龍がそこで赤面したので、あなたがいればいいとでも言われたかなと雲長は思った。恋仲というのは初々しいものだが、このふたりはまた別の意味で初々しい。芙蓉が始終、わたしが言うことじゃないけどと前置きしてふたりの様子を噂する。ついでに、あなたも気をつけてあげなさいと言う。立ち去る背に何となくため息をついてしまうのは何故だろうか。
「女子はそういうことが好きなものらしい。」
「そうなのですか?」
「ああ。そのうち、初めて告白した日とか、求婚した日とかも毎年祝うことになるかもしれんぞ」
雲長が冗談めかして言うと、子龍は深くうなずいた。
「そちらでしたら、わたしも同意できます」
「…そうか」
「女子、ということは、芙蓉姫もそのようなことを好むのでしょうか」
「聞いたりするなよ」
「は、あ…」
不明瞭な表情ながら頷いたのは、雲長の気迫のゆえだろうか。そんなことを子龍が聞いたら、盛大にうろたえたり怒ったりしながら彼にそんなことを吹き込んだのは誰だと、玄徳の襟さえ掴みそうな勢いで犯人捜しを始めるだろう。彼女の行動力はいついかなるときでも発揮される。彼は表情を改めた。
「では、雲長殿」
「なんだ」
「せめて、彼女の好みそうな食事と、彼女に似合う髪飾りと彼女が使いやすそうな筆を見繕いたいと思いますので、助言をいただけないでしょうか」
せめて、という量ではないだろうと思う。
「…分かった」
子龍があまりに真剣な眼差しで頷き、礼を取った。いつの間にか、自分の口元に笑みが浮かんでいるのに気づいて口元を撫でる。そんなやさしい助けならいくらでもしよう。芙蓉姫はまた柳眉を逆立てるだろうかと思いながら、彼は子龍の背をゆっくりと追った。
(終。)
(2012.8.16)
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