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図書館はとても静かだ。
こういう静けさはこちら特有だなと広生は思った。時折ケータイの音が鳴ったり、子どもスペースから甲高い声が聞こえてきたりしてみなの意識が途切れるのが分かる。
花と図書館で勉強するのは週一回、日課のようになっている。申し合わせているわけでもなく足が向く。ふたりとも勉強が苦手なわけではないが、花は図書館の雰囲気が好き、と笑う。
ふと顔を上げると、花の横顔が目に入った。夕暮れに目を細めている彼女の顔はとても大人っぽくて、広生は彼女が急に「あちら」に行ってしまうように思った。どうかしている、と彼は僅かに唇を噛んだ。
「花」
花は瞬きしてこちらを見た。笑った顔が、焦点を結んだようにクリアになる。思ったより深く安堵した自分に驚く。
「どうした」
「あ、ごめん」
「もう終わったのか?」
「まだ」
きまり悪そうに花は首をすくめた。慌てたように鉛筆を持ちなおす。
「ちょっとつまづいた」
「見ようか?」
「ううん、大丈夫。」
花がノートの上にかがみこむ。
彼女の真剣な顔は好きだと彼は思った。もうぼんやりしている「あちら」で見た彼女はいつもこういう表情をしていた気がする。
そればかりでは決してないはずだ。あちらは長いこと一緒にいたのだから、様々な場面を見ている。そうだ、自分の作ったものを翼徳とにこにこ食べているところ、玄徳とふたりで猫をかまってなごんでいるところ、孔明にからかわれて怒っているところ、芙蓉姫に華やかな色合いの衣を身にあてられて困ったように笑っているところ。そういうシーンもあったと思うが、その場面は焦点を結ぶ前に散ってしまう。
さくさくと鉛筆が紙の上を滑る音がする。花の目は真剣なままだ。
話しかけたくなって困るな、と広生は思った。何を、というわけではない。ただ、聞きたい。
「新倉が言っていたな」
花が顔を上げて首を傾げた。
「駅裏にカフェができたって」
「ああ。えーと…シック、なところらしいよ」
「そうなのか」
大きく瞬きした花が反対側に首を傾げた。
「広生くんってそういうところに入るのあんまり気にしないよね。このあいだもすごくかわいいパン屋さんを探したっけ」
ああ、と広生は眼を細めた。流行りの天然酵母だか選ばれた小麦粉だかの小ぎれいなその店は、たしかに美味かったが値段もそれなりだったので高校生のうちはもう行かないと思う。
「そうでもないが、うまいものは好きだ」
「そうだね!」
正確には、美味しいものを食べて笑うお前が見たい。ただのしあわせというタイトルが付きそうな笑顔を見たい。
「かなも彩も、広生くんがそういうことが上手だって聞いたときの顔ってばおもしろかった」
「思い描いた通りのことができるのは楽しいだろう」
少しおいて、ふふ、と花は笑った。わずかに苦みのある微笑は、広生の言葉にふと過ぎったものがあることを教えていた。同じものだろうと彼は思った。それが花の中ではやく散るといいと願う。
よし、と花は胸の前でこぶしを握って見せた。
「じゃあ、何かのご褒美にそこに行こう。次のテストで全教科5点アップっていうのはどうかな」
広生は苦笑した。難しいのか容易いのか微妙なところだ。
「そうするか」
「うんうん、頑張る!」
なんて他愛ない目標だろう。こういう時に高校生になっていくのだなと思える。ふと見つめた手は相応にちいさく柔らかく、ただの軽い鉛筆を握っていた。
(2012.8.14)
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