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「どうぞ」
花が差し出したものを、公瑾は目を細めて見た。
全体的に、一生懸命作った、という雰囲気がにじみ出ている組紐は、深い緑色をしていた。巾は彼の指くらいで長さは帯くらいだろう。細かく見れば、きつく編んだところがあったり、ゆるくなったりと目が揃っていない。花の笑顔とそれを、彼は交互に見た。
「あなたが?」
「紐の色はわたしが選んで、編み方は侍女さんに習いました。あ、色については伯言さんに助言してもらいましたけど」
公瑾の目がより細くなった。
「…ああ、あのときに買ったのですか」
「はい!」
彼に急な用事が入って、花とともに城下に行けなくなったことがある。花の手に合う筆や、似合う衣を見立てたい、というおもに公瑾の願いから出た逢引だった。まさに出かけるその直前であるじから急使が来た時は、急使を睨みつけてしまった。確かにその内容は重要なものだったが、いま来なくてもいいだろうと、心の中で考え得る限りの罵りを吐いた。
ちょうど他の城に出立する伯言が連絡に寄ったのを捕まえ、ともに城下に出した。公私混同だと言われればひとたまりもないし、伯言のあきれ顔がまさにそう言っていたけれど黙殺した。仕事はするが寄り道も多い男だ、ただの見回りで城に行くなら急ぐ道中でもない。何より、腕と頭は確かだ。
まったく、会議に出て滑らかに話していても、あんなに時間が経つのが遅く感じたことはない。重要な会議に出ているのであるから、花が帰ったという連絡など来るはずがないが、その連絡がこないのがおかしいと思っている自分がいる。
帰ってきた花は、買い食いした餅が旨かったことや犬に追いかけられそうになったのを伯言に追い払ってもらったとか、いそいそ話してくれた。筆を選んだ店で伯言と兄妹に間違われたと言ったときは、注いでいた茶を思わず零しそうになったものだ。
花は話し続けている。
「このあいだ公瑾さんがくれた紐がすごくきれいだったので、侍女さんに言ったら、わたしでも作れるって聞いたのでやってみました。いつも公瑾さんにはいろいろいただいてるから、気に入ってもらえたらいいんですけど」
はにかんだ笑顔がとろけるようだ。彼はゆっくり笑みを浮かべた。そう心掛けないと、彼女と同じように顔中が雪崩るように笑ってしまいそうだった。
「ありがとうございます。」
「あ、あの、初めてつくったので、強度はちょっと足りないかもしれないので…」
「そうですか」
彼は静かに立ち上がった。
「では、あなたへの簡をまとめるのに使いましょうか」
「え? わたし?」
せわしなく瞬きする彼女を抱きしめ、小さい耳に唇を寄せる。
「あなたへの尽きせぬ想いをしたためて贈りましょう。」
触れるか触れないかのところ感じる彼女の頬が熱くなっていく。
「そ、それはもらえたら、うれしい、ですけど」
「読めぬところはわたしに聞いてください。きっと膝に乗せてお聞かせします」
…そう、書いたものを読むふりなら。侍女たちの衣を見てもあなたに似合うかどうかしか考えられないとか、あなたを想う曲しか奏でられないとか、そんな青臭い感情もきらびやかに誤魔化せるだろう。とても直接あなたに言えない、けれどすべてあなたゆえである感情を。
気付けば、花がどこか恨みがましいような眼差しで公瑾を見上げていた。
「なんです?」
「だって、わたしも書かないといけないですよね…?」
公瑾は深々と息をついた。
「書かないといけない、という状況にならない限り、あなたの気持は聞かせていただけないのですね。残念です」
「こ、公瑾さんがそんな言い方!」
小さい手で叩かれる胸の痛みはひどく心地よかった。
(2012.8.10)
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