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なんていい天気だと日差しに目を細める。
このところ、特に晴れている。田植えの時期にこの天気では、このあたりの官は安堵しただろう。収穫まで読めないとしても、出だしが良いなら気分がよくなるというものだ。自分にはもうあまり関係ないことだが、今までの習いでそう考える。
孟徳の腕に腕を絡ませて歩いていた花がそんな孟徳をふいとのぞき込んだ。
「大丈夫ですか?」
「ああ、うん。ずいぶんきれいに晴れてるからね、眩しいだけだよ。」
途端に花が、うふふ、と笑った。
「昨日も夜、起きてたみたいですからね、孟徳さん」
「え?」
花はよく眠っていたはずだ。彼女が本当に寝入っているかどうかなんて、すぐ分かる。素直に驚いてみせると、花の笑みがますます得意げになった。
「本の配置が変わってましたし、灯芯が減ってました。」
「ああ、なるほどね」
他愛ないことだ。だが、彼女以外には指摘し得ない。
「あ、ほら、孟徳さん。釣りをしてる人がいますよ。」
この街と外を分ける緩やかな流れは、彼らのいる丘にぶつかって蛇行する。淵になっているそこには、よく釣り人を見かけた。川魚を捕って生業にしている者ではない、たまにやってくる道楽者たちだ。いまも、目深に外套を被った中背の男が、居眠りでもしているのか、浮き沈みする浮子をそのままに座っている。
「どんな魚が釣れるのかな」
子どものように尋ねる彼女に微笑う。
「花ちゃんがたまに買ってきてくれるじゃない。きのうも食べたよ」
干した魚を焚きこんだ飯は彼女の好物らしく、よく作る。
「ああ、そうか、あれかあ。」
花はひとり、頷いていたが、急に表情を明るくした。
「あれが釣れるなら、わたしも釣りしてみようかな?」
花が笠を被って座っていたら、間違いなく別のものが釣れる。孟徳は、花の手をかるく叩いた。
「俺と一緒のときにしてね。家にひとりで置いて行かれたら、心配だから」
「はい」
花はくすくす笑った。過保護だと思っているのだろうが、そう思われるくらいでちょうどいい。
「釣りかあ。そういえばずいぶんしてないな」
呟くと、ひどく驚いた様子で花はこちらを見た。
「釣りなんてしたことあるんですか?」
その驚きようが束の間、意外だった。自分は花の小さいころの姿は容易に想像がつくけれど、彼女にとっての自分は、権力という姿の印象が強いのだろう。自分だって小さいころもあったし、どうしようもないくらい遊んでいた時だってある。
「そりゃ、あるよ。すごく小さい頃だけど」
「わたしは…どうかなあ」
思い切り目を細め、難しい顔をしている彼女がおかしい。彼女と出会った頃にも感じたことだが、彼女は生産から遠い。それは生まれついての王のように自然な遠さで、自分や他人との距離の取り方もそれを裏付けていた。
彼女は似合わないその表情でしばらく考え込んでいたが、考えるのをやめたようで、また明るく孟徳を見た。本当に無かったのか、思い当たったことを説明するのが面倒だったのか。
「どこでお弁当を食べましょうか。」
この散歩は、彼女の世界でいうところの「ぴくにっく」というものらしく、気候のいい時に外で食事するものだそうだ。いっさいの権力の色を含まないところが、彼女らしい。孟徳は、弁当の入った籠をかるくかかげてみせた。
「じゃあ、あの木の下でいいんじゃない? 日陰になるし、気持ちよさそうだ」
「詩興が湧きそうですか?」
それがどこかからかいを含んでいるように聞こえた。孟徳はとびきりの笑みを浮かべてみせた。
「花ちゃんも書こうよ」
急に慌てた様子で、花は両手を顔の前で振った。
「孟徳さんに見せられるものなんてできません」
「こっちの詩でなくてもいいよ。なんだっけ、はいく…とか、わか、とかいうものでも」
「えええー」
「いいでしょ?」
思い切り顔を近づけると、花は頬を赤くして上目使いになった。
「…すぐ、じゃないなら」
「約束?」
「はい」
「楽しみだな」
本当に楽しみだ。本人はきつく否定するだろうが、彼女は詩人だ。ふたつの世界を無意識に行き来しながら言葉を探している。
「じゃあ孟徳さん。こっちの詩の作り方を勉強できるものを教えてくださいね。」
孟徳はふと目を細めた。そういえば、ずっとそう言われていた。そして、できていなかった。彼女と過ごすためにたどり着いたこの場所なのだから、ではなおさら張り切って書こう。彼女が、彼女も知らない欠片を見つけるために。いつもなら自分に話す前に消えるだろう夢の翅をこの手に残すために。
「大きい木ですねー」
いつの間にかたどり着いていたその木の根元で、彼女が笑う。見上げれば木漏れ日が眩しい。
(まずいな)
いいことしか見つけられないような日差しだ。
返事を待つような風情の妻に、「そうだね」と笑いかければ、彼女は安堵したように大きく頷いた。
(2014.5.27)
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