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二次創作。はじめての方はat first はじめに をご一読ください。
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 孟徳さんと花ちゃん。「おもいでがえし」にばっちり対応してます。




 


 花は部屋の入り口からそっと中を見た。帳が引かれて暗いはずの部屋は、うす青い光に満たされている。大きく窓を取った部屋だから、月の光が入ってきているのだ。その窓の前に、夫の背があった。頬杖をついてぼんやりしているようだ。
 夜中になぜ起きたのかと思えば、夫が寝床にいなかった。それで急に目がさえてしまった。ここ数日、暑かったり寒かったりで体調が思わしくなく、昼間も気だるく眠っていたりするせいだろう、もう寝つけない。
 彼が夜中に起きだすのは決して珍しいことではないから、常は、夫の気配を確認しただけで寝床に戻る。いつもと同じように花がきびすを返そうとしたとき、孟徳が振り向いた。
 「起こしちゃった?」
 淡い光に笑んだ目が光る。花はゆるく首を横に振った。
 「おいでよ。月がよく見える」
 「そばに行ってもいいんですか?」
 「もちろんだよー」
 彼が袖を広げた。傍らに立つと、ぷんと酒の匂いがした。枠に小さな盃が置いてあるが、中身は空だ。酒瓶が置いていないところを見ると、最初からかるく飲むだけのつもりだったのだろう。
 花は、孟徳が置いてあった椅子を引き寄せてくれたので、そこに座った。
 「すごい月ですね」
 窓に装飾的に組まれた格子は木が細いせいで女性的な雰囲気をかもしだしている。そこから見る夜空は、春のはずなのに寒いように冴えわたって見えた。明るい月の夜は不思議と冷え込むように感じる。花は夜着の腕をさすった。それを見た孟徳は少し気遣わしそうに微笑った。彼女が怪我をしたり病気になったりしたときに見せる表情だ。
 「ごめんごめん、花ちゃんの席はここだったね」
 何を言う間もなく、明るい声とともに孟徳の膝の上に抱き取られた。夜着ごしの夫の肌は冷えている。花は彼の顔を見た。
 「ずいぶん起きてたんですか?」
 「んー、わかんない。目があいちゃって」
 「昼間も読みながら寝ていたからですか?」
 「冬眠でもないだろうに、寝ても寝ても眠れるんだよねえ」
 心底おかしそうに笑う彼の雰囲気は柔らかい。これくらいの酒量で酔うひとではないから、単にほうけているだけなのだろう。いくら寝てもいいと思う。ここに、彼を叩き起こすものはいない。
 「春の夜はよく眠れる…みたいなことを言ってたひとがいたような」
 「そうかもね。冬は朝とか寒くて起きちゃうけど、あったかいと体もほぐれるしね。それでよく眠れるのかも」
 花は改めて月を見た。満月はどこか遠い場所まで映し出しそうで、怖い。海に照る月の道を歩いて異形がやってくるお話があった気がして目を細める。
 「なんだか…暈がかかっているみたい」
 「そうだね。明日は天気が少し崩れるかな。そんなにひどくはないけど」
 さらりと彼が言う。このひとは、ここへきてから積極的に外出も畑仕事もしていないのに、もうそんなことまで把握できるようになったのか。天気予報もないから自分の身は自分で守らねばならないから、花がまだぼんやりというだけかもしれない。こんなとき、きっと大げさなのだろうけど、今更ながら、このひとを頂点にしていた組織の凄さが身に染みる。
 「町に行こうと思ってたのにな」
 ぽつりと言うと、後ろから回された彼の腕に少しだけ力がこもった。
 「買い出しかな?」
 「孟徳さん、墨が足りないって言ってませんでした?」
 「あー、そっか。そうだった。じゃあ、一緒に行こう」
 花は身をよじって彼を見上げた。 見下ろしてくる孟徳は、ちょっとの間があって可笑しそうに笑った。
 「何かおねだりかな?」
 花は思わず目を丸くした。
 「どうしてわかったんですか?」
 彼は、それは楽しそうに笑み崩れた。
 「当たった?」
 「はい。あの、食堂が新しくできたって聞いたので、そこで食べてみたいなあって。開店したばかりだから、ちょっと安いそうなんです。」
 孟徳はくすくす笑った。
 「慎ましいなあ。春になったから新しい衣装とそれに似合う首飾りを誂えてください、とかでもいいんだよ?」
 「宴に出るわけじゃないですし、いらないですよ」
 「まあ花ちゃんがあんまりかわいく着飾って歩いても余計な者が寄ってくるからね、やめておこう」
 妙に力の籠った口調で宣言した彼は、花の髪に頬ずりした。
 「孟徳さん」
 「んー?」
 「わたし、そんなに顔に出してました?」
 彼は答えずに含み笑いをした。花の頬をゆっくり撫でる。
 「花ちゃんは、元々だよ。色々、顔に出る」
 「何か頼みごとがある時のわたしって、どんな顔をしてるんですか?」
 夫の顔をじっと見つめると、彼は表情を、年少の者を見るようなものに変えた。月明かりのせいか、それはとても穏やかだった。
 「ごまかすわけじゃなくてね、口で言うのは難しいんだ」
 「そうなんですか」
 花は首をかしげた。まあ自分も、料理の味付けが今ひとつだと思っている時とか、新しい詩を思いついた時の孟徳の表情の微妙さとかは、説明しきれない。でも分かるから、それでいいのだろう。
 孟徳に背を預けていると、馴染んでいく体温に眠気を誘われる。誰も彼を呼びに来ない平和な夜だ。そんなことはこれからずっと当たり前なのにまだ確認しようとする自分は、幸せが怖かったりするのだろうかと、花はそっと微笑った。


 


(2014.5.19)

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